2026年6月号(No.667)バックナンバー

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米国の相互関税を乗り越えたASEANとインド

MITSUI & CO.(ASIA PACIFIC) PTE. LTD.
Head of Strategic Research

山田 良平

はじめに

米トランプ政権が各国に課した相互関税は2月に違憲と判断され、現在(5月15日時点)は通商法122条に基づいて一律10%の関税(米政権は「従価税による輸入課徴金」と説明するが、ここでは単純に関税とする)が課されており、小康状態にある。この関税は5カ月限定であり、進行中の通商法301条の結果で7月下旬までに置き換えると予想される。税率や除外品目が、仮に2月までの相互関税と同じに戻るなら、相互関税の効果がどうだったかを整理することは、今後の影響を考える上で有意義である。本稿では、対米輸出が年間100億ドルを超える、ASEAN原加盟5カ国+ベトナム+カンボジア+インドを対象として、各国の負担の実態を、米国の輸入統計に基づいて試算した(本稿でのドルは全て米ドル)。

多くの国で、対米輸出のほぼ半分は除外品目

「相互関税19%」といった税率はそもそも表面的なものであり、国の負担が19%になる訳ではない。そうならない最大の理由は除外品目が設けられているからで、半導体、医薬品、電気電子製品(スマートフォン、PC)、石油製品などは相互関税を課されていない。そして各国の負担の軽重は、輸出品目の構成に応じて異なり、除外品目が多ければ負担はその分軽くなる。対米輸出に際しどれだけの額が除外となるかを、各国の「除外率」とすると、医薬品や石油製品が主要品目のシンガポールは除外率62%、電気電子製品が多いマレーシアやタイでは50%前後となる(図表1)。除外率50%はつまり、20%の関税を課しても実効負担は10%に留まることを意味する。一方で、同じASEANでもパーム油、履物、スーツケースなど非除外品目が中心のインドネシアの除外率は13%と低い。

繊維製品や水産物は米国のセンシティブ品目であるため確実に除外とならないなど、個別に見ると関税を課される品目はある。しかし国単位で見ると、実効負担は表面的に言われる程ではなく、相互課税は輸出をくじく効果を持ったとは言い難い。2025年の対米輸出額は、タイ44.2%増、ベトナム42.0%増など、どの国でも前年比で大幅に伸びた。2025年8月下旬から相互関税率を50%に引き上げられたインドですら、スマートフォンの輸出は3倍に増えるなど、年間では18.9%増となった。例えばPCにおいては、HPやレノボなどが中国依存を下げてベトナムなどに移管した点が報じられ、それがベトナムの対米輸出増に表れている。PCが除外となる扱いは中国製品でも同じで、実は中国とASEANで税率の差はない。それでも移管が起こっているのは、サプライチェーンの分散化や将来の関税賦課を見込んでのことと考えられる。また、除外品目だけ伸びたように受け取られがちだが、非除外品目に限定しても、例えばタイが前年比7.8%増(LED器具、エアコン、自動車部品など)となるなど、ほとんどの国で対米輸出は増えた。

なお、この除外品目は、2月24日から課される通商法122条に基づく一律10%の関税においても設けられ、相互関税時代と概ね同じ品目が選ばれている(木材、柑橘ジュースなどは今回漏れた)。従って、対米輸出の勢いは2026年に入っても全体としては衰えていない。

ASEANの対米輸出が伸びた中、唯一の例外はシンガポールで11.8%減となったが、これは感染症用検査キットの大幅減(115億ドル→70億ドル)が効いている。米国側から見ると、シンガポールが減った分、引き換えにドイツからの輸入が埋め合わせるように増えており、医薬品企業が供給元を振り替えた模様。シンガポールの2025年の対米輸出は芳しくなかったが、対世界輸出は12.1%増と大きく増えた。シンガポールの場合、相互関税のもとでも、対米輸出における実効平均関税率は2.9%(2025年12月)であり、ASEAN他国の8~10%前後と比べてはるかに低い。しかしシンガポールが持つ疑問は関税負担の軽重の問題でなく、自由貿易協定(FTA)を結んでいる国に対し関税を課すとは何事かという点にある。

相互関税を一律10%の関税に置き換えた影響は3月の貿易統計に表れ、各国の対米輸出に際しての実効平均関税率は大きく減少した(図表2)。フィリピンを例にとると、対米輸出に際しての実効平均関税率は2月の7.5%から3月は5.1%となった。インドについても、50%が課されていた2025年12月は20.5%だったが、18%へと下がった2月には15.0%へと、3月は8.3%へと軽減された。ここで課される関税は、相互関税のみならず、通常かかる最恵国待遇(MFN)税率や、232条に基づく個別品目(鉄アルミ、自動車部品、家具など)も含まれる。同じ10%に戻ったから3月と2025年5月の水準が等しくなるかというと、必ずしもそうならない。

今後の話①:置き換えとなる通商法301条調査

米国が置き換え目的で始めた通商法301条調査は、相手国の貿易慣行を不公正と判断した場合、一方的に対抗措置を取る仕組みである。米政権は今般、置き換える上で「供給過剰」と「強制労働」の慣行を理由に持ち出した。置き換えることが目的であり、趣旨は二の次で進んでいるが、例えばオーストラリアでの「強制労働」を裏付けられるかは懐疑的な見方が多い。また仮に裏付けられたとしても、関税が適正なツールなのか異論は多く、貿易相手国の不満を更に高めるのは必至とみられる。

調査過程で、4月には各国が反論するコメントを発し、供給過剰や強制労働といった指摘は当たらないと表明した。米政権はシンガポールについて「半導体、電子製品、石油製品、医薬品の輸出を背景に対世界貿易黒字が根強く続くため、供給過剰を起こしている」と主張する。果たして貿易黒字が供給過剰につながるかも不思議な理屈だが、更に不可解なのは、「半導体、電子製品、石油製品、医薬品」の輸出が真に問題ならば、関税を課せば良い。実際には米側は、これら品目を都合良く除外扱いにしている。つまり米政権は、自ら関税を課す用意がない品目について輸出が増えたと問題視しており、自分で無糖珈琲を選んでいながら甘味が足りないと文句を言っているに等しい。

今後の話②:二国間の相互貿易協定の行方

相互関税期の副産物として、米政権は一部の国(マレーシア、カンボジア、インドネシア)と相互貿易協定(ART)に合意、署名した。今後発効するためには協定文の批准が必要である。このARTは、米国は1. 相互関税で定められた税率を課し(3カ国とも19%)、2. 国限定の除外品目を設ける、引き換えに3カ国は、3. 米製品の関税を原則ゼロにし、4. 経済安全保障上、「対内直接投資を審査する制度の導入」や「原産地規則の厳格化」など中国企業の活動をけん制する。1.+2.と3.+4.のバランスのもと署名されたが、米製品は関税ゼロでも3カ国製品は米国でゼロとならず、平等な協定とは言い難い。ごり押しで結ばれた形で、3カ国の旨味は2.国限定の除外品目だけと言って良い。

例えばインドネシアにとっては、国限定の除外品目にパーム油が含まれる点、また繊維製品の一部が関税ゼロとなる仕組みを設ける点が協定のメリットとなっている。パーム油の除外は、米マレーシアの協定にも含まれている。片方が批准に進めば、もう片方でも劣後するのを避けるべく進む力が働くが、そうならない限り主体的に動くことにはなりにくい。特にマレーシアでは、4.の措置を指して主権侵害だとの国内不満が多く聞かれ、批准は円滑に進まない。

このARTは、相互関税自体が違憲となったため1.が成り立たず、扱いが宙に浮いている。今後改めて関税を課す準備が揃い次第、1.の根拠を、相互関税(国際緊急経済権限法(IEEPA))から通商法301条に移すなどの展開が予想される。3カ国としては、批准すればトランプ政権後も協定は存続し、修正や撤廃は容易でない。自国製品が米国に関税を課され続けることを協定で固める疑念に加え、米中の関税合戦が小康状態であり下手をすると中国製品より自分たちの税率が高くなりかねない状況も、批准について逡巡する要因である。3カ国は、基本線は極力進展を遅らせたいと考えている。

今後の話③:迂回問題は小康状態

ASEANから米国への輸出が増えると、米政権による「迂回」の問題視につながる。迂回は、原産地を偽って持ち込む行為で、典型例は中国製品がASEANで十分な加工を経ずに米国へ輸出されるケースを指す。その主体は中国企業だけでなく他国籍の企業でも起こり得る。現在の一律10%の関税は中国製品にもASEAN製品にも等しく課されるが、中国製品にはトランプ1.0政権期の追加関税25%(一部品目は7.5%)が上乗せされるため、ASEAN製品の方が税率は低い。米政権は、これを利用して迂回が起こっていると目を光らせる。

ただ足元では、迂回問題は静かであり、当初懸念されたほどの騒ぎとはなっていない。米政権がいつ持ち出すか分からず依然不気味ではあり続けるが、以下の3つの理由があると考える。1つ目は、実際に調査を行っても摘発は容易ではない。2022年に中国製の太陽光パネルがASEAN4カ国(カンボジア、マレーシア、タイ、ベトナム)を迂回して、中国に課されているアンチダンピング・補助金相殺関税(AD/CVD)を回避する目的で対米輸出されていると嫌疑がかかった。米商務省は調査を行ったが、対象となった8社中5社がクロ、3社はシロとの裁定になった。調査は、当該企業や相手国政府へのヒアリング、データ精査など1年半近くかかり、それでいて一部はシロ裁定となるなど、手続きには手間と時間を要する。センセーショナルな摘発により目立たせたい、トランプ政権のスタイルとは合わないように見える。

2つ目は、相互関税の違憲裁定の影響がある。米政権はベトナムとの二国間ARTで迂回対策を定めると豪語していたが、違憲裁定により交渉進展機運は大きく削がれ、ベトナムを含めて署名された新たなARTは現在ない。署名された、マレーシア、カンボジア、インドネシアとのARTには「迂回問題への取り締まりを強化する」と漠然たる条項は盛り込まれているが、3カ国での批准に向けた動きは重く、具体的な取り締まり方法が見えるのは批准が視野に入ってからだろう。3つ目は、ASEAN各国の方で自主的に迂回を防ぐ動きがみられる。典型例はタイで、迂回が起こり易い監視対象(ウォッチリスト)を67品目選定し、輸出通関の際に製造工程図、国内原材料の調達証明書を提出させるなどタイ国内で付加価値が付いた検証を行っている。ASEAN各国が自主的に取り締まるようであれば、米国が声を荒げることにはつながりにくい。

おわりに

2月に撤廃された相互関税は、結局、ASEANとインドの対米輸出の勢いを削いだとは言い難い。米政権は7月にかけて通商法301条の調査結果を出し、相互関税と類似の内容を再び課し始めると見込まれる。二国間ARTの行方や迂回摘発といった不透明要因はあるものの、今までと同じように除外品目が設定されれば、国単位での負担はそれ程上昇せず、対米輸出の勢いは依然続くと思われる。

「混乱や不透明さが常態化」と言われ、確かにそれは事実だが、もともと関税など課されないに越したことはない。何も関税を課され続ける状態まで常態化と捉える必要はなく、それを防ぐための各国対応を注視し続ける必要がある。その上では、起こっている事象がどれだけ常態から掛け離れているのか、どう元に戻る余地があるのかの視点を持つ必要があるだろう。

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執筆者経歴

2023年5月から現職、アジア・大洋州三井物産が所管するAP15カ国のインテリジェンス活動統括を務める。大学卒業後、日本貿易振興機構(JETRO)に約20年間勤務、ニューヨーク事務所などで貿易投資政策を中心とした調査業務に従事する。2016年から三井物産戦略研究所に移り、トランプ1.0政権など北米情勢をカバー。シンガポール日本人小学校クレメンティ校卒。

ryo.yamada@mitsui.com

シンガポール日本商工会議所

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Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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