2026年10月号(No.671)バックナンバー

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グローバル・ハラル・ハブとしてのシンガポール―東南アジアにおけるハラル認証の重要性と戦略的意義―

WOODLANDS SUNNY FOODS PTE.LTD.
Senior Manager R&D/QA/QC 熨斗 洋星
Deputy Senior Manager R&D/QA/QC 大坪 由季

はじめに

グローバル市場への進出を目指す企業にとって、現地の宗教や文化的背景への理解は、もはや単なる配慮事項ではなく事業成長を左右する重要な経営課題となっている。なかでも東南アジア最大級のムスリム市場を抱えるマレーシアやインドネシアへの展開を見据える上で、シンガポールはその戦略的拠点として大きな存在感を持つ。そうした環境の中、食品メーカーにとってハラル認証への対応は市場参入の重要な鍵であり、持続的な事業運営を支える基盤でもある。本稿では、1988年の設立当初からハラル認証を導入し、2010年の厳格化以降も16年以上にわたり運用を続けてきたWoodlands Sunny Foods PTE.LTD.(以下WSF)の経験をもとに、ハラル認証の現場実務と管理体制の要点を紹介する。あわせて、世界基準のハラル対応という側面から、日本企業がシンガポールで食品製造業を営む真の戦略的意義についても考察する。

ハラルとは何か

ハラル(Halal)とは、イスラム法において「神に許された行為や物」「合法なもの」を意味するアラビア語で、その対義語は「禁じられたもの」を意味する「ハラム(Haram)」である。基本的にハラルは、ムスリム(イスラム教徒)が安全で健康的、倫理的に生活するための規範といえる。

豚肉やアルコールの摂取がイスラム教では禁じられていることが広く知られており、我々日本人はハラルを食事のタブーとして認識しがちであるが、ハラルは食品のみにとどまらず、服装(過度な露出の禁止)、言葉遣い、公正で透明な商取引(詐欺や過剰利得の禁止)、賭博の禁止など、生活全般の規律や道徳規範を含む。また、ハラルであるだけでなく、「清浄・安全・健康的・高品質」を意味する「トイバ(Tayyiban)」であることが求められる。たとえハラル認証を受けた牛肉であっても、汚れた床に落ちて汚染された場合はハラム(不適合なもの)と見なされる。また通常はハラルであるはずのオレンジジュースも、不衛生な製造環境で作られた場合は、ハラルとは認められない。肉食に関しては、イスラム教の「食べたものがその人を作る」という考え方がベースにあり、従順で穏やかとされる草食動物(牛や羊、鶏)を食すことは認められているが、獰猛なトラやライオン、雑食の豚は口にすることが禁じられている。またアルコールについては、「飲料用アルコール」は固く禁止されているが、ラインの清掃・消毒などに使用する「工業用アルコール」については、定められた残存濃度を越えない限り、使用が認められている。

ハラル認証と、世界的に高まるその存在感

イスラム法に基づく基準を満たしていることを第三者機関が審査・証明する制度が「ハラル認証」である。1970〜80年代以降、外食産業の普及や食品加工の工業化、サプライチェーンの複雑化により、消費者が原材料や製造工程のハラル性を個別に判別することが困難になった。そこで、一目で適合性を確認できる客観的な証明として認証マークが求められるようになった。

ハラル認証には世界統一規格が存在せず、地域ごとの法解釈の違いなどから各国・機関が個別の基準で発行している。そのため国際貿易においては、輸入国側の主管機関が輸出国側の認証機関を個別に審査し、同等の基準と認める「相互認証制度(MRA)」が実務上の鍵を握る。

現在、世界のムスリム人口は約20億人(世界人口の約4分の1)に達し、高い出生率と若い人口構成を背景に、将来的に世界最大の宗教集団になると予測されている。

東南アジアや中東を中心とする市場拡大に伴い、ハラル認証は食品のみならず化粧品、医薬品、物流など多分野にわたる重要インフラへと進化を遂げた。特に東南アジア市場では、参入やシェア拡大を左右する実質的な必須条件となっており、日系をはじめとする非ムスリム国家の企業にとっても不可欠な経営課題となっている。

東南アジアの食品・飲料市場におけるハラルの位置づけ

シンガポールにおいては、民族構成バランスの政策もあり、ムスリムの人口比率が15%前後で横ばいを続けている。一方で、東南アジア全体でのムスリム人口は着実に増加傾向にある。特に、シンガポールの近隣国で人や物の行き来が活発なインドネシアとマレーシアは巨大なムスリム国家であり、両国を合わせると約2億5,000万人を超えるムスリム人口が存在する。人口増のみならず、経済成長に伴って一人当たりの消費市場規模も拡大しており、東南アジア全体でのハラル食品・飲料の市場規模は今や約2,000~2,300億ドルとみられている1,2。これは、東南アジアが世界全体のハラル食品・飲料市場の約2割近くを占める一大拠点であることを物語っている。

また近年、インドネシアとマレーシアは、ハラル認証発行の管轄を政府機関に一元化し、政府主導でハラルの法制化・規格化を推進している。海外からの輸入品に対しても、原則として国家機関が認めた外国認証機関の認証品であることを求めている。非ハラル品の流通・販売を全面禁止している訳ではないが、ムスリムが誤って非ハラル品を購入しないよう、表示と売場を完全に隔離・識別させる制度を取っており、事実上の強力な参入障壁として機能し、国内産業の保護と囲い込みに繋がっている。

このように現在では、ハラル認証は「現地市場で本格的なシェアを獲得するための必須ライセンス」となっている。

シンガポールのハラル認証制度と国家戦略

シンガポールでは、MUIS(Majlis Ugama Islam Singapura:シンガポール・イスラム宗教評議会)がハラル認証制度を一元的に管理する唯一の公的機関として位置付けられている。MUISは1968年に設立され、1978年にはハラル認証制度を導入し、現在に至るまでシンガポール国内のハラル認証サービスの提供およびハラル産業の規制を担っている。

MUISは、「HalMQ(Halal Quality Management System)」と呼ばれる品質管理システムを策定しており、ハラル要件を日常的な事業運営の中で継続的に維持するためのガイドラインとして設計されている。HACCPやISO、FSSC22000といった既存の品質・食品安全管理システムとの親和性も高く、多くの食品事業者にとっては、既存の品質保証(QA/QC)体制にハラル管理を統合するための実践的なフレームワークとして機能している。現在シンガポールでは、HalMQの導入がハラル認証を得るための前提条件となっている。

シンガポールのハラル認証は任意制度であり、すべての食品メーカーや飲食店に取得義務が課されているわけではない。企業は認証取得に伴うコストや運用負荷を考慮した上で、ムスリム顧客の獲得や輸出市場へのアクセス拡大といった事業上のメリットを見込み、自主的に認証取得を選択する仕組みとなっている。

シンガポールは非イスラム国家でありながら、東南アジアの食品・物流・貿易ハブとしての強みを活かし、「グローバル・ハラル・ハブ」の実現を掲げてきた。MUISによる厳格な認証制度と品質管理体制を国際的なブランドとして確立することで、ハラル製品の輸出入や国際取引の拠点としての地位向上を目指している。

このように、シンガポールのハラル認証は、当初は国内ムスリム向けの制度として整備されたが、現在では国際貿易や食品産業の競争力強化を支える政策手段としても位置付けられている。

Woodlands Sunny Foods PTE.LTD.の歩みとハラル認証の歴史

WSFは、1988年に不二製油株式会社のグループ会社としてシンガポールに設立された。当初は、原料を無関税で調達できる世界有数の貿易港・物流網というシンガポールの立地を活かし、輸入原料から調製品を製造して低関税で日本へ供給する調製品事業を核としていた。やがて日本基準の品質と技術力を武器に、シンガポール国内外へ向けたマーガリン・ショートニング事業を開始。冷凍生地やクリーム、フィリングなど製菓・製パン素材へと業容を拡大する中、大手ファストフードチェーン等からの要請を契機にハラル認証の取得へと踏み出した。当時のMUIS(シンガポール・イスラム評議会)の審査は書面と現場確認が主体の緩やかなもので、取得自体は比較的容易だったという。転機となったのは、法改正を経て策定された品質管理システム「HalMQ」である。2008年、MUISが傘下のWarees Halalを通じて主要企業への先行モデル導入を進める中、WSFはその対象企業に選定された。2010年の完全義務化に先駆け、2008年に導入を完了し、以来途切れることなく認証を維持している。WSFは、シンガポールで最も早くHalMQ導入し、最も長く運用し続けている企業の一社ということができる。

同社の運用の要となっているのが、30年以上の社歴を誇りMUISからも絶大な信頼を寄せられている2名のハラルオフィサー(Din氏、Putra氏)の存在だ。その高い信頼の証として、通常は年1回義務付けられる更新監査において、異例となる「2年ごとの更新監査」が認められている。

もっとも、WSFが長年にわたり認証を維持できている本質的な理由は、単なる制度対応力にとどまらない。ハラル対応はマニュアルや規程の整備だけで完結するものではなく、厳格な原材料・製造管理に加え、イスラム教への理解や現地従業員との信頼関係、宗教的価値観への敬意といった「企業文化としての定着」が不可欠だからである。

WSFでは、日本人駐在員と現地スタッフが約40年にわたり事業を共にする中で、宗教や文化の違いを相互に尊重する風土を醸成してきた。現在では定着している管理体制も、地道な試行錯誤と改善活動の積み重ねの上に成り立っている。経験豊富なハラルオフィサーの職責を、経営陣や現場の従業員が正しく理解し、全面的に尊重する体制があってこそ機能する仕組みなのだ。

単なる認証取得の実績にとどまらず、宗教規律・異文化理解・事業運営を高い次元で融合させてきた組織の成熟度こそが、WSFのハラル品質を支える揺るぎない基盤となっている。

日系企業がハラル認証、HalMQを導入するにあたって

東南アジアでの事業の展開及び拡大を目指して、ハラル認証、HalMQ導入を検討する日本企業は増加すると考えられる。ISO22000やFSSC22000の土台が整った工場であれば、HACCPの構造を使って比較的容易にHalMQを導入できると言われているが、実際の運用設計の場面では課題に直面することも多い。今回、本稿執筆にあたり行ったWSFハラルオフィサーへのインタビューを通して得られた知見や、ハラル認証導入企業が直面するであろう課題をご紹介したい。

〇優秀且つ敬虔なムスリム人材の確保

ハラルが保証する「宗教的・概念的な正当性」の理解には、イスラムの教えへの深い理解が不可欠であり、ISO22000/FSSC22000のように、「科学的・物理的安全性」を尺度に判断できないことも多い。最低2名のムスリム従業員を配置し、そのうち少なくとも1名を試験に合格したハラル保証責任者(ハラルオフィサー)として任命することが、ハラル認証取得のために義務付けられているが、規則以前にもっと実践的な理由から、優秀なムスリム人材の確保は必須要件である。またハラルオフィサーには、企業の論理や生産効率よりも、イスラム法の遵守を最優先とする厳格な宗教的倫理観が求められるため、敬虔なイスラム教徒である必要がある。日常生活で戒律を守らない者は、ハラルオフィサーの任務においてもルールを破ると見なされるからだ。

〇ハラル認証導入スキームの検討

WSFのような食品製造業であれば、「Whole Plant Scheme(工場全体)」か「Product Scheme(製品単位)」か、を選んでハラルを導入する必要がある。前者であれば、工場の敷地内に存在するすべての原材料、製造ライン、保管スペース、完成品が100%ハラルの対象となり、交差汚染防止の難易度は下がるものの、工場内で非ハラル製品を製造することは許されない。後者を選択する場合は、製造できる製品の幅は広がるものの、交差汚染を防止するための現場管理の難易度は格段に上がる。

〇Product Scheme(製品単位)を選択した場合の交差汚染防止対策

Product Schemeを選択した場合、現場での最大の課題は、ハラル認証原料とハラル非認証原料の識別、管理である。WSFでは、日本向け製品において非ハラル原料の使用を求められることもあるため、製品単位スキームを選択し、ラインごとにハラル対応の有無を決めている。非ハラル原料をハラル認証ラインで使用することは決して許されないため、非ハラル品には識別コードをつけ、保管場所も分けることで管理を行っている。

〇輸入国側のハラル規制の確認

MUISは世界で最も古く信頼性の高いハラル認証機関の一つであるが、輸入国によっては相互承認されていない(または承認に条件がつく)事例もある。イスラム教は地域や学派によって教義の解釈が異なるため、輸出の際は、輸入側の工場監査基準、屠畜規定、微量アルコールの残存許容量など、ローカルの規制要件を確認する必要がある。

終わりに

今回、ハラルオフィサーへのインタビューを通じ、WSFにおけるハラル導入と運用の歩み、そして現場で積み重ねられてきた歴史の重みを改めて実感した。世界的なムスリム市場の拡大に伴い、ハラル認証は今後ますます食品産業の国際競争力を左右する重要な要素になっていくと考えられ、ハラル市場への参入を検討する企業も増加していくだろう。

そうした企業にとって最も重要なのは、ハラル対応を「市場参入のための条件」としてだけではなく、「異文化と共生しながら事業を成長させるための経営基盤」として理解することではないだろうか。WSFが約40年にわたり積み上げてきた経験は、不二製油グループのみならず、今後グローバル市場への挑戦を目指す多くの日本企業にとっても貴重な示唆を与えるものである。 先人たちが築き上げてきたこの確かな礎への敬意を胸に、WSFはこれからも東南アジアをはじめとするムスリム市場と日本のものづくりを結ぶ架け橋として、新たな成長への挑戦を続けていく。

目次

<特集>


<編集後記>


執筆者経歴

熨斗 洋星(のし ようせい)

大学院修了後、不二製油株式会社に入社し、研究開発業務に従事。製品開発や品質に関する業務経験を積み、現在はWoodlands Sunny Foods社において、R&D(研究開発)、QA(品質保証)、QC(品質管理)を担当している。

大坪 由季(おおつぼ ゆき)

大学院修了後、食品の研究開発業務や化粧品のマーケティングに関する業務経験を積み、現在はWoodlands Sunny Foods社において、R&D(研究開発)、QA(品質保証)、QC(品質管理)を担当している。

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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