はじめに
私は日本で大学を卒業した後、米国の大学院と研究所で脂肪細胞や代謝疾患の研究に携わりました。2011年にシンガポールへ移り、現在はシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)において、脂肪代謝、脂肪由来幹細胞、培養技術などを中心とする研究に取り組んでいます。
脂肪は、肥満や生活習慣病との関係から、一般的には悪いものと捉えられがちです。しかし、脂肪細胞は単にエネルギーを蓄えるだけでなく、全身の代謝、免疫、組織の恒常性にも関わっています。私たちの研究室では、脂肪の量だけでなく、その質や機能を理解し、食品、栄養、パーソナルケア、医療などに役立てることを目指しています。
現在A*STARでは、食用魚から増殖と脂肪分化能力に優れた幹細胞株の樹立、食品に利用できる培地の開発、三次元培養、バイオリアクターを用いたスケールアップ、オメガ3脂肪酸の増強などに取り組んでいます。魚由来の培養脂肪は、植物性代替肉や培養肉の味・香り・食感を改善するだけでなく、機能性食品、栄養サプリメント、化粧品などへ有用な成分を届ける素材にもなり得ます。
この研究成果を社会実装するため、2022年に魚類の培養脂肪を開発するImpacFatを共同創業しました。また、脂肪幹細胞の研究から発見した抗菌ペプチドについても、2025年11月にHealBacとしてA*STARからスピンオフし、共同創業者として事業化に携わっています。
本稿では、シンガポール全体の起業環境に加え、A*STAR発のスピンオフ企業である上記2社の現在の活動に焦点を当て、アカデミア発スタートアップの強みと制約、日本企業との協業の可能性について考察します。


