2026年7月号(No.668)バックナンバー

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『Go Japan Lah!』が繋ぐ未来:シンガポール人旅行者と日本の地方が共創する訪日インバウンド観光の姿

JAPAN NATIONAL TOURISM ORGANIZATION SINGAPORE OFFICE
Executive Director

吉田 憲司

はじめに

日本において観光業は、自動車産業に次ぐ国内総生産(GDP)第 2 位の規模を誇る基幹産業である。地方における雇用の創出や、関係人口の拡大を通じた地域再生を果たすための切り札として、その重要性は極めて高い。一方で、昨今は一部地域におけるオーバーツーリズムの影響などがクローズアップされ、インバウンド観光がもたらす真の価値や重要性が、必ずしも正しく理解されにくい側面も生じている。本稿では、日本政府観光局(JNTO)シンガポール事務所の活動や、現地関係者との連携実績を交えながら、シンガポール市場が日本の地方インバウンド観光においていかに重要な存在であるかを紐解き、今後の持続可能な観光のあり方について展望する。

なぜシンガポール人は日本を目指すのか:四季の魅力と日常に溶け込む「日本」

シンガポール市場は、日本全体における訪日インバウンド市場の中でも重要なマーケットの一つである。2025 年に日本を訪れたシンガポール人の数は726,000人(2024年比:5.1%増)1となり過去最高を記録した。

近隣にはバリやプーケットといった世界的に有名なリゾート地が多数存在するにもかかわらず、なぜこれほど多くのシンガポール人が日本に惹きつけられるのだろうか。その背景には、日本が持つ「多様性」が強力なフックとなっている。シンガポール含め東南アジア近隣国では体験できない明確な四季の移り変わりや、47 都道府県それぞれが持つ独自の歴史、文化、景観、郷土料理等は、シンガポール人にとって魅力的なのである。訪れるたびに全く異なる体験ができ、いつ、どこに行っても新しい発見と感動があるという奥深さこそが、シンガポール人を飽きさせず、日本へと向かわせる原動力となっている。またシンガポール国内における「日本」の圧倒的な存在感と親近感も挙げられる。シンガポールの日常生活には日本の製品、コンテンツ、そして日本食があふれており、現地の人々は日常的にそれらと接している。そのため、日本製品に対する絶対的な信頼性や、日本食の質の高さ・おいしさを、訪日する前からすでに肌で実感しているのである。

ゴールデンルートを超えて:多様化する訪問先と地方誘客の現状

シンガポール人旅行者の多くは訪日リピーターであり、東京や大阪、京都を結ぶいわゆる「ゴールデンルート」に留まらず、日本の豊かな自然や独自の文化を求めて地方へと積極的に足を延ばす傾向が非常に強い。この地方分散型の旅行スタイルこそが、人口減少や地元経済の活性化を課題として抱える日本の地方自治体から、シンガポール市場が強く期待され、熱い視線を注がれている最大の理由である。

現在、シンガポール人旅行者の間では 日本全国各地が訪問先として人気を博しているが、観光庁が発表した2025年の「宿泊旅行統計調査」2によれば、多くの人気を集めている地域が幾つかある。東京、大阪、京都といった大都市を除けば、豊かな自然とパウダースノーが魅力の北海道、多様な温泉文化と食が楽しめる九州、そして美しい海と南国リゾートの雰囲気を持つ沖縄が人気である。これらは、シンガポールからの直行便が運航している(※北海道への直行便は冬季ダイヤ期間中の限定運航)というアクセスの利便性も手伝って、効率性を好むシンガポール人からの人気を維持している。また、直行便がない地域であっても、大自然やスノーアクティビティ、伝統的な街並みが残る長野県などは、本物の日本らしさを求めるリピーター層から強く支持されている。

インバウンド誘致における日本の競合

インバウンド誘致における競合としては、近隣のマレーシアやインドネシアといった陸路・短時間で行ける国々を除けば、一般的には中国、タイ、韓国、台湾、オーストラリアなどが挙げられる。さらに最近では、急速な経済成長と観光開発が進むベトナムも新たな観光デスティネーションとして人気を集めつつある。こうした群雄割拠の国際観光市場において、日本の地方が選ばれ続けるためには、独自の魅力を磨き上げ、効果的に発信していくことが不可欠である。

JNTOシンガポール事務所の訪日プロモーション活動

このようなシンガポール人旅行者の地方誘客をさらに促進するため、JNTO シンガポール事務所では、オンライン広告、オフライン広告等を問わず、多角的な訪日プロモーションを展開している。特にシンガポールに拠点を持つ旅行会社やメディアと緊密に連携し、まだ知られていない地方の観光コンテンツや、四季折々の魅力を発信するキャンペーンを長年にわたり継続的に実施してきた。さらに、日本とシンガポールの外交関係樹立 60 周年(SJ60)を迎える2026年は、両国の絆を深め、双方向の交流をさらに活性化させる絶好の契機であるため、JNTOシンガポール事務所はSJ60と連動した特別な訪日プロモーション『Go Japan Lah!』(ゴージャパンラー!)3を5月に開始し、12月末までの間、特設ウェブページの公開、インフルエンサーの日本招請、関係者と連携したビデオ&フォトコンテストの実施、イベントへの出展等を大いに展開し、シンガポール市場における訪日意欲を一層喚起していく方針である。

シンガポール人旅行者の地方誘致にむけて

地方へのインバウンド観光客の誘致において、成功を収めている地域とそうでない地域の間にはどのような違いがあるのだろうか。成功している自治体や観光関係者に共通しているのは、一朝一夕の成果を求めず、過去から現在に至るまで「丁寧に、長い時間をかけてシンガポール人とコミュニケーションを取り続けている」という点である。インバウンド観光客の誘致は、半年や 1 年といった短期間で劇的な結果が出るものではない。シンガポール人旅行者から見れば、周辺には魅力的な観光資源を有する国や地域が多く存在しているとともに、チャンギ国際空港は世界を代表する高機能なハブ空港として多くの国や地域と国際線直行便を結んでおり、旅行者にとっては大変便利である。そのような観点に立てば、日本国内の地域間競争だけでなく、世界中の観光地との競争に晒されている状況であるため、だからこそ、じっくりと腰を据えて、現地のニーズに寄り添ったプロモーションに継続して取り組むことが極めて大切である。

加えて、シンガポール市場においては「旅行者の口コミ」が極めて重要なファクターとなる。実際に地域を訪れてくれた旅行者に対して、温かみのある気持ちの良いサービスを提供し、素晴らしい体験を持ち帰ってもらうこと。この草の根の積み重ねこそが、結果的にはデジタル広告やイベントを凌駕する「最良のプロモーション」として機能し、次のリピーターや新規顧客の獲得へと繋がっていくのではないだろうか。

文化の多様性への対応と相互理解の気持ち

インバウンド観光が地方にもたらす恩恵は、単なる観光客の増加や経済効果だけに留まらない。地域に活力を与える「質」の高い観光の実現こそが、持続可能な観光の根幹である。シンガポール人旅行者は一般にマナーが良いと言われ、日本の文化や習慣を尊重し、地域住民との温かい交流を大切にする旅行スタイルを好む。こうした「質の高い」旅行者との交流は、地方の住民にとっても自らの地域や伝統文化に対する誇りを再認識する契機となる。しかし一方では、多様な文化背景を持つ旅行者を受け入れるにあたっては、文化や価値観の違いにどう対応していくかという課題も生じる。例えば、タトゥー(刺青)に対する捉え方や、ハラル、ベジタリアンといった食事上の制限などがその代表例である。これらに対してJNTO は、まず「旅行者側の文化や価値観」と「受け入れ側である日本の価値観」の双方が、お互いをリスペクトし合う関係性を築くことが大前提であると考えている。その上で、具体的なソリューションとして、温泉入浴時のタトゥーカバーシールの提供や、ハラル・ベジタリアン対応フードの拡充など、食事やサービスの多様化を図ることの重要性を、日本の自治体や観光関係者に対して積極的に伝えている。多様なバックグラウンドを持つ人々が、ストレスなく安心して日本の魅力を満喫できる環境を整えることは、日本の観光地が国際的なデスティネーションとして成熟していくために大切なステップである。

持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)への JNTO の関わり

観光消費が伝統産業の維持や雇用の創出に繋がり、それがさらに観光コンテンツとしての魅力を高めるという好循環が生まれつつある一方で、観光客の急増に伴うオーバーツーリズムへの対応も大切な課題となっているが、JNTOは観光庁等と連携しながら、客観的かつ建設的なアプローチを行っている。

まず前提として重要なのは、「オーバーツーリズムと呼ばれる現象は、日本全国のあらゆる場所で一様に発生しているわけではない」という事実を正確に伝えることである。特定の時期、特定の場所に観光客が集中し、それに十分対処できないことが課題の本質であり、これを適切に分散・管理することが求められる。JNTO は、旅行者と地域住民の両方にとって最適な環境を共創することが最も重要であるという考え方を基本方針としている。

具体的には、旅行者に対して現地のルールやマナーを事前に啓発する活動を強化するとともに、混雑期を避けた旅行、生活者のように旅を楽しむスタイルの提案(「スマートトラベル」)、まだ知られていない魅力的な地方への分散等の推奨を行っている。地域社会の生活環境を守りつつ、旅行者にも質の高い体験を提供することが狙いだ。日本政府は、2026年4月から始まる「観光立国推進基本計画(第5次)」4において、重点施策の一つに「インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立」(地方誘客の推進を通じたオーバーツーリズム対策の強化等)を掲げた。これは、単なる観光客の「来訪」を超え、地域社会と旅行者が共に豊かになる持続可能なインバウンドの姿が示されたことを意味する。日本の地方が持つ無限の可能性を、シンガポールという最高のパートナーとともに、これからも未来へと紡いでいきたい。

おわりに

観光は、国や地域を越えて人々と社会を繋ぐ「平和産業」である。昨今の緊迫する世界情勢に目を向ければ、私たちが享受している平和の尊さとその重要性は、今まさに再認識されていると言えよう。このような時代だからこそ、観光を通じて異なる国や地域の文化に触れ、直接的な人的交流を重ねて相互理解を深めていくことは、これまで以上にその重要性を高めている。

とはいえ、ここまでの文章は少し堅苦しいものになってしまったかもしれない。一人の人間、一人の旅行者としての原点に立ち返って考えてみれば、やはり「旅は楽しい」という純粋な高揚感に勝るものはないのではないか。

おかげさまで、多くのシンガポール人の方々が「日本に何度も行きたい」「まだ訪れたことのない日本の地域へ行ってみたい」「食べたことのない郷土料理を味わってみたい」と、日本に対して熱い期待と希望を抱き続けてくれている。私たちJNTOシンガポール事務所は、インバウンド観光が持つ社会的な重要性をしっかりと頭に置きつつも、何よりもそうしたシンガポールの方々の「日本を楽しみたい」という純粋な気持ちに全力で、そして真っ直ぐにこたえていきたい。そんな気持ちを、私たちはこれからもずっと、未来に向けて大切に持ち続けていきたいと考えている。

<訳注> 

1 日本政府観光局発表「訪日外客数 2025年通年」

   https://www.jnto.go.jp/news/press/20260121_monthly.html 

2  国土交通省観光庁「宿泊旅行統計調査」https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/shukuhakutokei.html

3  『Go Japan Lah!』特設ウェブページ

https://www.japan.travel/en/sg/sj60/

4  「観光立国推進基本計画(第5次)」

https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_00077.html

目次

<特集>


<着任のご挨拶>


<編集後記>


執筆者経歴

1976年、東京都生まれ。明治大学卒業後、旅行会社、広告会社を経て、2016年8月日本政府観光局(JNTO)入構。デジタルマーケティングセンター長、ハノイ事務所長、総務部次長を経て、2025年9月より現職。趣味は旅行とスポーツ観戦。

kenji_yoshida@jnto.go.jp

シンガポール日本商工会議所

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Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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