第一章:サッカー人生の軌跡と「逆境」の捉え方
理不尽を「受け入れる」ことから始まったレジリエンス
私のレジリエンス、すなわち逆境を乗り越える力の原点は、在日4世として生まれ育った幼少期にあります。東京で生まれ育ちながら、幼稚園は日本の園へ、小学校は朝鮮学校へと6年間通いました。片道1時間をかけて電車とバスで通学する日々の中で、朝鮮学校の制服を身にまとっているというだけで、幼い私には到底理解できないような理不尽な扱いを受けることも多々ありました。
しかし、その経験こそが私の土壌を育んでくれました。「社会や周りを変えようとするのではなく、まず自分が変わる。理不尽だと思ったことも含めて、まずは全てを受け入れるしかない」という覚悟を、小学校1年生の時から学ぶことができたのです。この「受け入れる覚悟」があったからこそ、後にイギリスに住んだ際や、現在のシンガポールでの生活においても、異なる文化や価値観を尊重し、柔軟に順応することができているのだと感じています。
「他責」を捨て「自責」に生きる
18歳でFC東京に入団し、プロの世界に足を踏み入れてから38歳で引退するまでの20年間、常に大切にしてきたのは「他責ではなく自責」という考え方です 。サッカーは11対11の合計22人がピッチに立つスポーツであり、上手くいかない理由を「パスが来なかった」「監督の起用法が悪い」と他人のせいにしようと思えば、いくらでもできてしまいます。ですが、現実は非常にシンプルです。試合に出られないのは自分の能力が足りないからであり、怪我をするのは怪我をするようなプレーを選択した自分に原因があります。物事の起点を常に自分に置く「自責」の精神は、小学生時代の理不尽さを自ら受け入れた経験から地続きとなっているのです。
プレミアリーグでの挫折と「壁」の歓迎
私のキャリアにおいて、最も高い壁となったのはイングランド・プレミアリーグへの挑戦でした。結局、そこでは期待されたような活躍を残すことはできず、私のサッカー人生において「一生登り切ることのできない山」として心に残っています。
しかし、その絶望的なまでのレベルの差を痛感した時、私はこう考えるようにしました。「切羽詰まった時にこそ、人間の本質が出る。この山を登るのが辛い、しんどいと思った時こそ、やっと自分に成長のチャンスが訪れたのだ」と 。たとえ空元気であってもポジティブにベクトルを上へ向け、ベストを尽くすこと。失敗の要因を明確にし、再びトライする習慣を身につけること。壁にぶつかった時にこそ「成長できる」と心から喜ぶこと 。それが、プロとして生き残るための唯一の道でした。