2026年1月号(No.662)バックナンバー

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経済展望 2026年ASEAN域内展望

MU RESEARCH AND CONSULTING(THAILAND)CO., LTD.
Managing Director

池上 一希

1.世界経済、ASEAN経済は、不透明性を抱えつつも巡航速度へ

2025年のASEANを含む世界経済は米国トランプ政権の関税の発動による各国経済への下押し要素が問題となり大きな転換点となった年となった。2026年もこれらの保護主義的な動向や地政学リスクなどは依然残るものの、各国とも内需振興策などの政策による下支えや所得の改善などにより底堅く推移する年になると考えられる。三菱UFJ銀行経済調査室の推計では世界経済全体での実質GDP成長率は2025年に前年比+3.4%、2026年は同+3.0%となる見通しである。

ASEAN5(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)は、2025年は+4.8%、2025年は+4.7%を見込む。特に米国への輸出依存度の高いASEAN各国は2025年下半期は米国関税発動前の駆け込み輸出の反動減により減速傾向が鮮明であったが、2026年は関税影響は緩和され、また各国の財政・金融政策の発動などもあり安定した成長を想定している(図表1)。

総じて底堅いASEAN経済ではあるが、足元では国別で濃淡が分かれる。

まず、タイやインドネシアでは中間層の伸び悩みに加え、高金利や販売金融の融資基準厳格化を背景とした耐久財消費の軟調が足元でみられる。インドネシアの自動車新車販売市場は2025年10月までで前年同期比で10%以上の減少が続き、市場の本格的な回復は2026年以降が見込まれる。タイも9月の新車販売は前年比23.8%増となり、上半期の不振から底を打ったように見られるものの、まだ消費者のバランスシート調整が十分に進んでおらず内需の回復は穏やかである。両国ともに消費下支えのために中央銀行が利下げを実施しているものの、もう一段の政策的な支援が必要な状況である。

一方でマレーシア、ベトナムは下半期は成長スピードは米関税の影響もあり鈍化したものの、中央銀行の利下げや政策支援などにより底堅い消費が見られ相対的に安定した成長を見せている。とくにベトナムは昨年第3四半期の実質GDP成長率がコロナによる反動を除けば、2011年以来の過去最高レベルを記録するなど力強い成長となった。

2.ASEAN経済のリスク要因

一方で2026年を見通すうえでリスク要因もいくつか存在する。

一つ目は米国経済や同国の関税政策の不安定化による影響である。まず関税政策についてはASEAN主要国の米関税は概ね約20%に収れんしており他エリアと比較して特段の不利益は見られない。また、米トランプ政権は2026年11月の中間選挙を見据えていることから、よりマクロ経済や国内政策に軸足をシフトする可能性が高い。ゆえに関税政策が昨年みられたように過激化する可能性は高くないと思われる。しかし米政権のトップダウンで決められる本政策については不透明な部分も多く、輸出依存度の特に高いカンボジアやベトナム(ともに対GDP比20%台)、マレーシア、タイ(同10%台)など、一定の下押し要因となり得るであろう。また、ASEAN各国の半導体および周辺部品に対する品目別関税の新たな措置や、ASEAN・米国の関税交渉でも論点となった中国製品の迂回輸出の取り扱いについては、米政策の帰趨による影響の振れ幅を大きくする可能性があり要注意である。

二つ目は中国の影響である。とくに米中対立等を受けた安価な中国製品の流入が、アジア各国の製造業を中心とする産業・雇用を圧迫する可能性である。

すでに2017年の第一次トランプ政権発足以降、中国の地域別輸出シェアにおけるASEANの比率は年々高まっており、約15%(2023年実績)と10年間で約5ポイント強上昇し米国、EUと並ぶ重要な市場となっている。足元では太陽光発電や電気自動車分野などでのプレゼンスが目立っているが、近年は製造業からサービス産業まで幅広く中国勢のASEANへの進出攻勢が進んでいるのも特徴である。もちろん国別により傾向は見られ、PCB基板など電気電子、EVを主とする自動車・自動車部品分野はタイ、半導体分野はマレーシア、中小規模の労働集約型の製造業はベトナム・カンボジア、シンガポールは金融・IT分野など大まかな色分けはみられる。

ASEAN各国への実態経済への影響も出ている。たとえばタイでは近年自動車分野で中国勢の値引き合戦が激しさを増し、購買した消費者からのクレームが増し社会問題化した。また、BYDがタイ・ラヨーンに立ち上げた工場についても建設、雇用、原材料輸入などすべてを本国に依存している「ゼロバーツ工場」として批判を浴びるなどの報道もみられた2

また、2025年の米国の関税政策は中国にとってのASEANの重要性をさらに高めており、このような中国系の進出・投資のトレンドは今後も一定レベル続くと思われ各国経済への下押し要因にもなり得るため、注視が必要である。

三つ目はASEAN各国の経済政策運営の難しさである。2025年は各国ともに外需の落ち込みによる景気下支えのため各中央銀行が利下げを実施した年となった(図表2)。また、景気対策・物価高としての経済対策も各国により組まれておりマレーシア、タイなどで現金支給や補助金調整などがおこなわれた。

ただし、これらの政策運営には一定の留意が必要である。まず、利下げは通貨安定との微妙なバランスが求められる。たとえばインドネシア中央銀行は2024年より計6回にわたり利下げを実施しており、さらなる利下げが予想された2025年10月、11月の定例会合において2会合連続で据え置きを決定した。背景として、足元の経済対策が財政拡張的であるとの懸念が高まっており対ドルで通貨安が進むルピアの防衛も本決定の思惑としてあったと想定される。また、タイ中央銀行は、2025年10月の政策会議では新任の中央銀行総裁のもと、利下げが予想される中、基準金利を1.5%に据え置いた3。同国はもともと利下げ余地が限られるのも実態であり、今後も薄氷を踏むような政策運営となろう。

また政府の経済政策についても財政規律とのバランスが必要である点は無視できない。マレーシアはすでに公的債務が法定上限(GDP比65%)に近く、財政規律上の懸念が生じる。インドネシア政府も2025年9月に反政府デモ対応の一貫として、16.23兆ルピアの総合経済対策を公表したものの財政運営への不安が市場で顕在化し通貨安の遠因となっている。

世界経済の不確実性による影響も無視できない。米国が利下げを志向する中でもインフレの鎮静化がなかなか収束せず金利の高止まりが長期化している。また、中国のマクロ経済や日銀の利上げの動向も含め、これらの要素が予期せぬ事象を生むリスクも想定され、各国政府が十分な政策対応を適切に行えるかが注視される。

四点目は地政学リスクである。世界全体でみれば、ウクライナ戦争や中東情勢は、停戦に向けた交渉進展への期待が高まる一方、緊張状態の継続・エスカレーションリスクも残存する。また、2025年11月に顕在化した日中関係の緊張も政治・経済への派生する懸念が大きく要留意である。ASEANに目を移せば2025年に顕在化したカンボジア・タイの国境紛争問題やインドネシアやフィリピンの反政府デモの再燃なども否定はできずリスク要因として挙げられよう。

3.各国別の経済動向4

ASEAN主要国の動向を国別にみていく。

まず、シンガポール経済については、年初、実態経済が減速傾向の中、米トランプ関税の影響懸念により過度な落ち込みが予想され、5月にはシンガポール・貿易産業省が経済成長率見通しを0-2%に下方修正した(8月に1.5-2.5%に上方修正)。ただし結果として下半期に輸出ペースが減速したものの金融当局の緩和策や好調な消費などに支えられ底堅く推移した。11月には第2、第3四半期に前年同期4.0%台の成長が続いたことも踏まえ、同省は通期の経済成長率見通しを約4.0%に再度上方修正するに至っている。

今後も半導体関連部品の輸出やAI関連投資の拡大による裨益を受け、一定の競争力を維持する可能性が高く、このトレンドは続くとみられる。リスク要因としては、不透明性の高い関税政策や地政学リスクなどの状況如何では、依存度の高い外需が影響をうける懸念もある。

インドネシアについては、2025年は米関税政策の影響などにより他国同様に年後半は減速したものの総じて底堅いものとなった。個人消費は全体的に堅調かつ、インフレ率もエネルギー価格の低下もあり落ち着いたものとなった。一方で、インフレ率が低下しているものの高金利などを背景に自動車や二輪などの耐久消費財が軟調となっている点は注視される。2026年も米国関税の影響などは一定レベル続くとみられるが、対米輸出依存度が低いため、影響は相対的に小規模であること、従来積極的に利下げを進めてきた中央銀行の一段の政策支援効果などが期待できることから、前年並みの推移になると想定される。

リスク要因としては無料給食などの政策に伴う拡張的な財政出動によるインドネシア経済への信認の低下および通貨安を招く懸念、2025年年央におきた大規模デモの再燃やその余波による政局不安定化などが挙げられる。

タイ経済は2025年前半は堅調だったものの、米関税影響による輸出の失速などから減速、第3四半期の実質GDP成長率は2021年以来の低い伸びとなる前年比1.2%となった。また、個人消費は社会問題化した家計債務問題等を背景に自動車、住宅など耐久消費財を主に伸び悩みをみせた。観光産業では中国人観光客を中心とした外国人観光客数の停滞により減速の一因となった。また、景気下支えのために中央銀行は利下げを進めており、また、タイ政府も日用品や食料品などの半額分を補助する給付金を下半期に支給するなど、下支えに注力した。

2026年は外需依存度が高い構造下で米国の関税政策に起因する輸出減速による不透明な要素は依然として懸念され緩やかな持ち直しとなりそうである。それ以外のリスク要因として、2026年初めに予定される総選挙の結果次第で政局が不安定化し投資資金流出・為替安の進行や、カンボジアとの国境紛争激化による不透明感の高まりなどが挙げられる。

マレーシア経済については、底堅い消費に支えられ総じて堅調である。また、外需も関税問題などで一時ペースダウンしたものの、第3四半期は持ち直すなど安定している。投資は、半導体関連や脱炭素、データセンターなどの分野を中心に活発であり、2026年以降も安定的な推移が見込まれる。今後のリスク要因としては、米国の政策如何で主力の半導体産業への影響が懸念されること、また、途上にある財政再建の動向、ひっ迫している労働市場の賃金上昇圧力によるインフレ圧力の再燃などが挙げられる。

フィリピンについては2025年上半期は堅調であったものの、後半は関税影響や公共投資の進捗の遅れ、台風や洪水などの天災なども重なりスローダウンした。結果、同年の成長率は政府目標である5.5~6.5%を下回る見通しが高い。一方でこれらの不確定要素が取り払われれば個人消費は堅調であることもあり2026年以降、緩やかに回復する可能性が高い。

リスク要因としては、公共投資の復活が遅れることと外需が不透明感を増す中で重要性を増す中央銀行の利下げの実効性が挙げられる。特に前者については、2025年に公共事業をめぐっての汚職で上下院議長の辞任や一部閣僚の更迭にまでつながっている。また、11月には大規模なデモにも派生しておりマルコス政権の支持率にとりネガティブな要素となっており今後の政策かじ取りの円滑さを占う上で注視される。

ベトナムについては、2025年は好調な外需、個人消費などを背景にASEAN域内でも高水準の成長を実現した。同国は2045年の高所得国入りを目指すが、ベトナム国会は2025年11月に「2026年社会・経済発展計画」の決議を採択。ここで、2026年の経済目標として2025年の8%を上回る10%以上という意欲的な目標を挙げている。

2026年についても、この目標達成に向けて前述のような消費、外需などの要素に加え、好調な直接投資や財政出動などが組み合わさり、昨年並みの高い成長が見通される。一方で政府の成長率目標が高すぎる弊害も懸念されており、特に過度な財政拡張による公的債務の増大およびそれに伴うドン安やインフレの再燃についてはOECDなど国際機関からも懸念が呈されている。また、その他の懸念要素として、外需依存度の高さからくる米関税政策の変化によるマイナスの影響や、VATの引き上げの個人消費への反動(2027年以降)などが挙げられる。

4.ASEAN域内の主要イベント

最後にASEAN域内における2026年の主要イベントを図表3に挙げた。世界的に注目度が高いのはミャンマーの総選挙であろう。国連のグテレス事務総長は2025年10月、総選挙に関して「自由で公正になると信じている人は誰もいない」と述べたが、依然として民意を得ているNLD(国民民主連盟)不在下の選挙がどこまで正当性を有するものなのか、という点には疑問符が残るものになるであろう。また、タイの総選挙も動向が注視される。同国アヌティン新政権は2025年9月に発足しているが、下院での首班指名に向けて野党の指示を取り付けるため、「新政権発足後4か月以内(2026年1月末)の下院解散」を約束しており、その公約の実効性が注目される。同政権の就任直後の給付金など景気刺激策を評価する声は高いものの、当初期待されたバランス感覚やリーダーシップには綻びが見えているとの声もあり、総選挙の結果如何では政局の不安定化とタイ経済の下押し要因となることが懸念される。

ASEAN全体では、2026年の議長国は前年のマレーシアからフィリピンへと引き継がれる。フィリピンは米国と同盟関係にあり、南シナ海の領有権問題をめぐり中国と対立傾向が強まっているが、そのような環境下で総選挙が実施されるミャンマーや、タイ・カンボジア国境紛争問題など諸課題への対応に迫られる。また、2026年は東ティモール正式加盟後初の11カ国体制となる最初の本格的な一年となる。同国は2025年にASEANに加盟。太平洋とインド洋をつなぐ地政学的な要衝に存在しており、2023年までは同国からほど近い豪州と日本、米国の援助が多かったが、最近では中国が存在感を強めている点もASEANにおける米中のパワーバランスを図るうえで影響が注視される。5

新たな税制や法律の始動も予定される。たとえば、シンガポールの民間航空庁(CAAS)は2026年10月1日より航空便利用者から、航空機が使用する「持続可能な航空燃料(SAF)」の購入費用相当分を徴収する「SAF税(課徴金)」を世界で初めて徴収する意欲的なものである6。一方で、旅客機、貨物双方に適用される同ルールについて、シンガポールに進出している大手物流各社からは、事業への影響について懸念の声も上がっている。7

また、マレーシアは2026年から16歳未満のSNS利用を制限する方針を明らかにし、具体的にはアカウント開設の禁止を検討している。インターネットの利用を禁じるわけではなく、具体的に危険性をどう排除するかは先行する豪州の仕組みに倣う考えを示している8が、域内では先行事例となる取り組みにつき注目が集まっている。

*本原稿の執筆は2025年12月11日

目次

<新年にあたって>


<部会長のご挨拶>


<広報委員会から>


<特別寄稿>


<経済展望>


<編集後記>


執筆者経歴

池上 一希(いけがみ かずき)

日系自動車メーカーでアジア・中国の事業企画を担当。2007年に当社入社。大企業向けの欧米、中国、アセアン市場での事業戦略構築案件を中心に活動。18年2月より現職。バンコクを拠点に東南アジアへの日系企業の進出戦略構築、実行支援、進出後企業の事業改善等のテーマに取り組む。

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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