はじめに
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおけるテレワークやeコマースの浸透などは生活様式、産業構造、人口分布などに不可逆的な構造変化を起こすとの見方や世界的な高インフレなどの影響もあり、オフィス、マンション市場においてもコロナ禍前とは異なる様相を呈している。
本稿では、コロナ禍後における世界主要都市のオフィス・マンション市場動向について、一般財団法人日本不動産研究所が年2回実施している「国際不動産価格賃料指数」の調査結果を用いて定量的な分析を行うとともに、政策や不動産法制度の状況など定性的な観点も踏まえて、今後の日本企業における海外への不動産投資(アウトバウンド)や海外からの日本への不動産投資(インバウンド)の展望について概観する。
1. 海外不動産市場の実情(国際不動産価格賃料指数調査結果サマリー)
1-1. 各都市の不動産市場トレンド
1-1-1. オフィス市場
図表1-1は、オフィス価格指数の各都市・対前回変動率、図表1-2は、オフィス賃料指数の各都市・対前回変動率のコロナ禍後直近2年間の推移を示したものである。オフィス市場においてはコロナ禍でテレワークが浸透するなど各都市においてテナントからの賃貸需要の減退が認められたが、この2年間で価格上昇率が最も高かったのは、オフィス賃貸市場の需給バランスが均衡する中、売買市場では物件の供給が限定的であることから売手優位の状況が続いている「大阪」であった。
「東京」ではオフィス賃料が底堅さを見せる中、売買市場においても低い利回りが維持されたことから、価格上昇率が「大阪」に次いで高いなどコロナ禍後において世界的に見て日本のオフィス売買市場の好調さが窺える。
「ホーチミン」では優良ビルの供給が限定的で底堅い賃貸需要と2023年4月に入って利下げに転じたことから投資機会を求める市場参加者の投資意欲も高く、「大阪」「東京」に次ぐオフィス価格上昇率の高さとなった。
「シンガポール」ではオフィス賃貸市場は比較的好調なものの、物価上昇に伴う運営経費の上昇から価格変動率は直近で横ばい傾向となっており、その結果高グレードのビルに対する賃貸需要及びプライムエリアでの購入需要の高い「台北」と同水準の価格上昇率の高さとなった。
コロナ禍後においてオフィス価格が上昇した都市は、上記「大阪」「東京」「ホーチミン」「シンガポール」「台北」の5都市のみであった。
その他東南アジア各都市は、不動産利回りは相対的に安定的ながら基本的にオフィス賃貸市場の供給過剰感に左右される形でオフィス価格も下落傾向が続いている。
「北京」「上海」「香港」では、景気先行き不透明感からオフィス空室率は高位で推移し、オフィス賃料の下落が加速しており、経済の低調を受けてオフィス価格の調整も続いている。
先進国の経済の中心地(「ロンドン」「ニューヨーク」「シドニー」)では、コロナ禍後はオフィス賃貸市場は堅調に推移しているものの、政策金利が高位の水準にあることから高い借入コストが市場参加者の負担となるなどオフィス価格の下落が継続している。「ロンドン」の売買市場では需要の旺盛な投資家の本格的な回帰には至っていないが、政策金利の引き下げを追い風として市場心理は改善に向かいつつある。