­

2025年5月号(No.654)バックナンバー

HOME月報概要COVID-19パンデミック収束後の海外不動産市場の実態と日本不動産市場の将来展望

COVID-19パンデミック収束後の海外不動産市場の実態と日本不動産市場の将来展望

JAPAN REAL ESTATE INSTITUTE ASIA PACIFIC PTE. LTD.
Director

福山 雄次

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにおけるテレワークやeコマースの浸透などは生活様式、産業構造、人口分布などに不可逆的な構造変化を起こすとの見方や世界的な高インフレなどの影響もあり、オフィス、マンション市場においてもコロナ禍前とは異なる様相を呈している。

本稿では、コロナ禍後における世界主要都市のオフィス・マンション市場動向について、一般財団法人日本不動産研究所が年2回実施している「国際不動産価格賃料指数」の調査結果を用いて定量的な分析を行うとともに、政策や不動産法制度の状況など定性的な観点も踏まえて、今後の日本企業における海外への不動産投資(アウトバウンド)や海外からの日本への不動産投資(インバウンド)の展望について概観する。

1. 海外不動産市場の実情(国際不動産価格賃料指数調査結果サマリー)

1-1. 各都市の不動産市場トレンド

1-1-1. オフィス市場

図表1-1は、オフィス価格指数の各都市・対前回変動率、図表1-2は、オフィス賃料指数の各都市・対前回変動率のコロナ禍後直近2年間の推移を示したものである。オフィス市場においてはコロナ禍でテレワークが浸透するなど各都市においてテナントからの賃貸需要の減退が認められたが、この2年間で価格上昇率が最も高かったのは、オフィス賃貸市場の需給バランスが均衡する中、売買市場では物件の供給が限定的であることから売手優位の状況が続いている「大阪」であった。

「東京」ではオフィス賃料が底堅さを見せる中、売買市場においても低い利回りが維持されたことから、価格上昇率が「大阪」に次いで高いなどコロナ禍後において世界的に見て日本のオフィス売買市場の好調さが窺える。

「ホーチミン」では優良ビルの供給が限定的で底堅い賃貸需要と2023年4月に入って利下げに転じたことから投資機会を求める市場参加者の投資意欲も高く、「大阪」「東京」に次ぐオフィス価格上昇率の高さとなった。

「シンガポール」ではオフィス賃貸市場は比較的好調なものの、物価上昇に伴う運営経費の上昇から価格変動率は直近で横ばい傾向となっており、その結果高グレードのビルに対する賃貸需要及びプライムエリアでの購入需要の高い「台北」と同水準の価格上昇率の高さとなった。

コロナ禍後においてオフィス価格が上昇した都市は、上記「大阪」「東京」「ホーチミン」「シンガポール」「台北」の5都市のみであった。

その他東南アジア各都市は、不動産利回りは相対的に安定的ながら基本的にオフィス賃貸市場の供給過剰感に左右される形でオフィス価格も下落傾向が続いている。

「北京」「上海」「香港」では、景気先行き不透明感からオフィス空室率は高位で推移し、オフィス賃料の下落が加速しており、経済の低調を受けてオフィス価格の調整も続いている。

先進国の経済の中心地(「ロンドン」「ニューヨーク」「シドニー」)では、コロナ禍後はオフィス賃貸市場は堅調に推移しているものの、政策金利が高位の水準にあることから高い借入コストが市場参加者の負担となるなどオフィス価格の下落が継続している。「ロンドン」の売買市場では需要の旺盛な投資家の本格的な回帰には至っていないが、政策金利の引き下げを追い風として市場心理は改善に向かいつつある。

1-1-2. マンション市場

図表1-3はマンション価格指数の各都市・対前回変動率、図表1-4はマンション賃料指数の各都市・対前回変動率のコロナ禍後直近2年間の推移を示したものである。この2年間で価格上昇率が最も高かったのはオフィス同様「大阪」で、中心部のタワーマンションを中心に旺盛な富裕層・実需層からのマンション需要を背景に素地価格の上昇や建築費の高騰がマンション価格に転嫁されている。

「東京」でも富裕層・実需層ともにマンション需要が旺盛であり、価格の上昇が継続し、「大阪」に次いで高い価格上昇率となった。 「シンガポール」では追加印紙税率の上昇など住宅価格抑制策に起因して外国人による高額住宅需要が落ち込み、価格上昇率は鈍化傾向にあるが、「大阪」「東京」に次ぐ価格上昇率の高さであった。

「ニューヨーク」では住宅ローン金利が高騰しているものの、買い替えを検討している売手側の売却意欲も減退しており、取引が低調な中にあっても売手優位の状況が継続していたが、住宅ローン金利の高止まりを背景にマンション価格の上昇が一段と減少している。

一方、「シドニー」では住宅ローン金利が依然として高位であるが、人口流入に対して住宅供給が限定的であり、住宅賃料も高騰していることなどからマンション価格は上昇基調で推移している。 「台北」では、初回購入者向け住宅購入支援策が需要を後押ししていたが、市況の過熱感を懸念した当局が2024年9月に住宅与信引き締め策を導入した影響が懸念されている。 その他東南アジア各国では、「バンコク」がコロナ禍後においてマンション価格は上昇しているが、他都市(「クアラルンプール」「ジャカルタ」「ホーチミン」)同様供給過剰感から弱含み傾向で推移している。

コロナ禍後においてマンション価格が上昇した都市は、上記「大阪」「東京」「シンガポール」「ニューヨーク」「バンコク」「台北」「シドニー」の7都市であったが、需給バランスに加え、住宅政策や金融政策などで弱含み傾向で推移している都市もあるため今後の動向には注視が必要である。

「北京」「上海」「香港」では、経済の低調を受けて購入マインドが低迷するもとで新規供給物件の競合が激しく、マンション価格の調整も続いている。

1-2.各都市の価格・賃料水準の都市間比較

1-2-1. オフィス市場

図表1-5・1-6は、東京/丸の内・大手町地区所在/最上位オフィスの価格・賃料(1棟の賃貸可能面積あたりの床価格・賃料単価)を100とした場合の各都市との比較指数である。

「東京」のオフィス価格を100とした場合、香港以外の都市では100を下回る結果となっており、世界的に見て「東京」のオフィス価格が高い水準にあることが窺える。賃料的には「東京」を上回っている「ニューヨーク」「ロンドン」より価格が高いのは、政策金利の低い「東京」の方が利回り(賃料÷価格)が低いことに起因している。「大阪」では、価格が同水準の「シンガポール」「北京」「上海」に比べて賃料は相対的に低い水準にあることから「東京」同様に利回りがアジアの主要都市と比べて低い水準にあることが窺える。

1-2-2. マンション市場

図表1-7・1-8は、東京/港区元麻布所在/高級住宅(マンション)の価格・賃料(1戸の専有面積あたりの価格・賃料単価)を100とした場合の各都市との比較指数である。

「東京」「大阪」のマンション価格と比べて、東南アジアの各都市(シンガポールを除く)以外ではほとんどの都市が上回る結果となっており、世界的に見て「東京」「大阪」のマンション価格が低い水準にあることが分かる。

日本のマンションなどの住宅価格は、他のアジアの主要都市と比較してしばしば割安と判断され、当該傾向は円安でより顕著になっている。一方で、価格に対し賃料は他のアジアの主要都市と比べて比較的高く、利回りも相対的に高くなるため、国内需要に加えインバウンド需要にも支えられた結果、コロナ禍後のマンション価格上昇率において「大阪」「東京」が最も高い水準となったと考えられる。

2. 海外不動産投資の実態(アジア・パシフィック地域)

2-1. アジア・パシフィック地域における日系企業の不動産投資状況

日本では2001年9月に日本版不動産投資信託(J-REIT)が初上場し、直後に米国における同時多発テロなど世界的な政情不安を経ながらもその有用性・必要性から不動産証券化市場の発展とともに数年の間に多くの銘柄が上場した。そのような状況の中、以下のメリット(2)を背景にJ-REITによる海外不動産投資が2008年に可能となった。

・「日本企業の海外不動産事業における資金調達手法の多様化」

・「海外不動産によるリスク分散が可能となり投資家に対する不動産証券化商品の魅力の向上」

・「海外投資家からの資金流入に寄与し日本の不動産投資市場の国際競争力の強化」

しかしながら、同年9月にいわゆるリーマンショックと呼ばれる金融危機が生じ、2011年には東日本大震災による復興経済政策なども重なり、J-REIT初の海外投資が実行されたのは制度が整った6年後の2014年にイオンリート投資法人によるマレーシア・ジョホール州(シンガポールに隣接)のショッピングモール投資まで待つ必要があった。同投資法人は2016年に同国クアラルンプール近郊で2物件目のショッピングモールを追加取得した。

その後は2018年にインヴィンシブル投資法人が英領ケイマン諸島でホテルを2物件、2022年に積水ハウス・リート投資法人が米国で賃貸住宅を2物件購入したものの、海外不動産合計でJ-REIT全体の資産規模の1%にも満たない水準である。今後、上場時に海外不動産投資を前提としたJ-REITなどへの公募需要の高まりが期待される。

一方、2012年12月に発足した第二次安倍政権による経済政策の一環として、東南アジア諸国における投資が促進される中、日系企業における不動産投資も進み、コロナ禍の期間を除き東南アジア諸国・インドにおける投資件数(公表分)は年々増加傾向にある(図2参照)。国内の人口、世帯数が縮小する中、不動産会社、建設会社、商社をはじめ、電鉄、電気・ガス等の生活インフラ企業などが海外不動産市場をターゲットとする中期計画を掲げているなど今後も当該傾向は継続することが見込まれている。

2012年以降ではタイ、マレーシアの累計数が最も多いが、直近ではインドネシア、ベトナム、シンガポールへの投資件数が増えている。

2-2. アジア・パシフィック地域からの日本へのインバウンド投資事例

ヘルスケアアセット特化型リートであるシンガポールのParkwayLife REITは、2024年9月末時点で64のヘルスケア関連施設を保有し、そのうち日本に60施設を保有。コロナ禍の2020年12月に千葉県鎌ケ谷市の物件を16.5億円、2021年12月に千葉県木更津市の物件を32億円で取得。2022年9月には北海道の3物件に加えて東京都江戸川区、千葉県千葉市の2物件も取得し、2023年10月には大阪で住宅型有料老人ホーム2物件を取得後、直近では2024年8月に約24.5億円で大阪の物件を取得するなど日本同様、高齢化社会となっているシンガポールにおいては、日本をはじめとするヘルスケアアセット先進国に注目が集まっている。

ホテルアセット特化型リートであるマレーシアのYTL Hospitality REITは、2011年12月にヒルトンニセコビレッジホテル(506室)を約64億円で取得、その後2018年9月に同じニセコビレッジ内に所在するザ・グリーンリーフ・ニセコビレッジホテル(200室)を約60億円で追加取得している。雪の降らない東南アジア諸国においては、日本の投資家が検討をしない又はしなくなった雪国における不動産投資に注目が集まっており、ニセコや富良野の土地価格の上昇率が近年全国でもトップレベルとなっている。一方、乱開発を防ぐため建築や開発規制をかける動きなども出てきている。

3.日本に関わる不動産市場の将来展望(インバウンド・アウトバウンド投資の展望)

3-1. インバウンド投資の将来展望に関する一考察

「東京」「大阪」のオフィス価格は賃料水準から見て相対的に高い水準にあるが、コロナ禍後直近2年間の価格・賃料上昇が最も高いことから、イールドギャップ(不動産投資利回りと長期金利の差)の大きさや投資対象としての安定性(地政学的な観点に加え所有権など土地の権原等)に着目した投資家の関心は依然高いと考えられる。従来のメインプレイヤーである欧米、香港などに加え、シンガポールをはじめとするアジア各国などからの投資家層の更なる広がりが日本の不動産市場を下支えすると期待される。

また、日本のマンションなどの住宅市場では、他のアジアの主要都市と比べて価格が低い一方、価格に対し賃料は比較的高く、投資利回りも相対的に高くなるため、投資対象としての安定性やステイタス性などから引き続き中華圏やシンガポールなどアジア各国からの底堅いインバウンド需要が継続するものと思料する。

日本におけるホスピタリティやヘルスケア分野に対する需要は底堅く、少子高齢化や経済成長の進む中華圏・東南アジア各国での関心は高い。日本の観光資源に着目する海外投資家も多く、雪の降らない東南アジア各国では日本の雪国が特に人気で、ニセコにホテルを保有するマレーシアリートもあるなど、日本の投資家とは違った視点で資金が地方に流入することから、2,500兆円とも言われる我が国の不動産ストックがある中、インバウンド投資を活用した地方創生は今後の重要な戦略と考えられている。今後、ホテル・リゾート施設やヘルスケア施設など投資対象アセットの広がりとともに、大都市以外への投資対象エリアの広がりが期待される。

ただし、水源地・安全保障の観点等から国益を損なうものは除くなど適正な行政のもとアジアをはじめとする諸外国の成長を取り込んでいくことが必要である。

 

3-2. アウトバウンド投資の将来展望に関する一考察

原油など資源価格の影響や世界的経済成長の減速懸念に伴い、投資ポジションを整理している欧米などの投資に比べ、中長期的である日本からの投資に期待する声が東南アジア各国やインドなどの新興国で高まっている。一方、日本国内における低金利の継続に伴う海外での資産運用機会の増加や人口、世帯数の減少から多くの日系企業が海外不動産投資を中期計画に謳っており、今後も中長期的にアウトバウンド投資は継続することが見込まれている。

投資対象アセットとしてはこれまでの短期的な住宅分譲事業に加え、中長期的な観点からの運用資産に対する投資の検討が増えており、オフィスや商業施設、ホテル、サービスアパートのほかコロナ禍後のeコマースの浸透などから物流施設、データセンター等が投資対象アセットの中心となっていくと考えられる。

投資対象エリアとしては、従来の先進国(米国、英国)や生産拠点としての東南アジア(マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム)のみならず、新しい投資機会を求めて成長著しいアジア・パシフィック各国(フィリピン、カンボジア、オーストラリア、インド等)への投資も拡大していくことが必然となってきている。

おわりに

現在、国際不動産価格賃料指数の最新の調査を進めているが、トランプ関税による不動産市場への影響が見えない状況で全般的に様子見の姿勢が続いており、各都市共にこれまでの傾向に特段大きな変化はない見込みである。

我が国の持続的な成長のためにはアジアをはじめとする諸外国の成長を取り込んでいくことが不可欠となってきている。不動産分野においても海外不動産投資(アウトバウンド)を契機として、不動産価格の高騰を招く乱開発や水源地・安全保障の観点等から国益を損なうものは厳格に制限するなど適正な行政のもと海外からの投資も活用し、広範かつ大規模なストックを有する国内不動産市場を活性化させていくことが今後の持続的な経済成長を図るために肝要であると本稿取材等を通じて再認識することができた。

<訳注>

1  一般財団法人日本不動産研究所「国際不動産価格賃料指数」

指数作成にあたっては現地通貨等で評価したものをその価格時点で円換算のうえ指数化

2  国土交通省「海外投資不動産鑑定評価ガイドライン」の策定について

3  Real Capital Analytics「Cross Boarder Transaction Data」

USD10 million以上の取引

目次

<特集>


<着任のご挨拶>


<編集後記>


執筆者経歴

1971年8月、東京都生まれ。1996年3月、早稲田大学大学院建築学専門分野修了後日本不動産研究所入所。入所後、J-REITへの出向などを通じて日本国内の不動産証券化業務等に従事。国際部門では欧米の鑑定評価のほかシンガポール現地法人代表として東南アジア・オセアニアにおける不動産鑑定評価やコンサルティング業務を統括・担当。不動産鑑定士、一級建築士、英国RICS会員(MRICS)、米国不動産鑑定士協会会員(MAI)。趣味はお酒とゴルフ。

yuji-fukuyama@jrei.jp

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

page top
入会案内 会員ログイン