はじめに
生成AIの急速な進化、地政学的な分断、人口動態の変化―外部環境がかつてない速さで変化し、ビジネスモデルの転換が求められるなかで、企業は「求められる人材」を捉え直さざるを得なくなっている。問われるのは、もはや特定の職務や肩書きではなく、変化に応じて組み替えられる「スキル」そのものである。
シンガポール政府もこの変化に俊敏に対応している。ウォン首相は「Budget 2026」演説で、同国の優位性は「最大級のフロンティアモデルを自前で構築することにあるのではなく、AIを効果的に、責任を持って、迅速に実装することにある」と述べた。天然資源に乏しく、高齢化と労働逼迫という制約を抱えるからこそ、人材とスキルを起点にAIを社会実装する、という国家戦略である。首相を議長とする国家AI評議会を司令塔に、先進製造・物流・金融・医療の4分野で「National AI Missions」を立ち上げ、規制サンドボックスやデータ・計算資源を整備する。有力企業を集中支援する「Champions of AI」で各業界の先行モデルを育てる。個人向けには、生涯学び直しの国家制度「スキルズフューチャー」を土台に、全就業者のAIスキルの底上げを国家目標に据える。学んだ知識を実際のツールで試せるよう、AI講座の修了者には生成AIツールを一定期間無償で提供する。
日本でも、経済産業省が2026年から労働市場全体のスキル需給の可視化に着手している。同省の2040年就業構造推計によれば、事務職・文系人材が大幅に余る一方、AI・ロボット等を使いこなす専門・現場・理系人材が不足すると見込む。ミスマッチの解消には、労働需給をスキル単位で可視化することが欠かせないという問題意識を持つ。
このように日星の政府いずれも、スキルを起点とした人材政策へ舵を切りつつある。本稿は、シンガポールの企業実践を日本企業の「先行モデル」として読み解く。

