レストラン黎明期の現場
日本食レストランの歴史についてお話します。シンガポールの日本食は在星日本人のために生まれたと考えております。遠く離れたシンガポールの土地で生活する日本人にとって食べたくなるのはやはり日本食。1974年(ヤオハン進出)以前は数軒の日本食販売店舗があっただけです。
日本食に絶対必要なものは、調味料(味噌、醤油、出汁)です。当時の味噌はチルド流通されていなかったので、味噌の色は黒くなっておりました。それと常温流通可能な、こんにゃくが重宝されておりました。こんにゃくは日本食には必須の食材でしたし、その輸出の歴史は1960年代にさかのぼります。日本産米の輸出は2010年ごろですので、日本のお米が入る50年も前の話です。これほど日本食がポピュラーになったのに、先輩格のこんにゃくの輸出が伸びていないのは、残念です。
当時の日本食店舗経営は、現地の女性と結婚した日本人料理人が作った日本食店舗でした。1980年代から大型ホテルが建設され、日系、外資系のホテルを問わず、高級日本食が出店しました。全日空ホテル(雲海)やホテルニューオータニ(千羽鶴)もあったのですよ。
シンガポールの料理人雇用状況ですが、人気第一は、ホテル直営の洋食、次に中華。それらの仕事にたどり着けなかった人が、仕事を求めて日本食店に勤務しました。言葉は中国語。当然日本語はできない。日本食の知識はゼロ。ただただ見て覚えるだけです。食材は殆どが現地食材。日本から空輸される鮮魚は高価で、高級日本食店でしか扱えなかった。日系スーパーの進出、ホテル内の高級日本食店の相乗効果で和食の基盤が確立したわけです。勿論飛躍的に増加した駐在日本人も大きな貢献をしました。
このように日本食店舗で味と食べ方を覚え、スーパーで日本食を購入し、日本食がシンガポールに浸透していきました。また多くのシンガポール人が日系企業で働いた事も無縁ではないでしょう。(日本人=長寿、日本食=健康食といった背景も無視できない社会現象だったと思います。)
日系の外食チェーン店舗の進出は2010年ごろから始まりました。日本国内の人口減少による市場縮小を危惧して、海外に市場を求めるようになったことが要因です。