2026年2月号(No.663)バックナンバー

HOME月報概要「中国」という要素を通して考える、東南アジア・インドの事業環境

「中国」という要素を通して考える、東南アジア・インドの事業環境

PwC Consulting LLC
Senior Manager

岡野 陽二(おかの ようじ)

はじめに

国際社会の対立と分断、多極化が進展する中、中国の存在感は一段と増している。日本企業にとって、古くからの事業展開先である東南アジア、今後の成長投資先であるインドを論じる際、中国との関係を切り離して考えることはできなくなっている。本稿では東南アジアとインド、それぞれについて中国企業という要素を通して見えてくる日本企業への示唆を考えてみたい。アジア全体を見渡す在シンガポールの日系企業にとって参考となる視点を共有できれば幸いである。

中国企業の進出で厳しくなる東南アジアの事業環境

多くの日本企業が長年にわたり事業を展開してきた東南アジアは中国との経済的結びつきがマクロ、ミクロの両面で強くなっており、中国企業の浸透は著しい。日本企業には東南アジア、中国の両拠点の連携による一体的対応が求められている。

(1)勢いが続く中国企業の東南アジア投資

東南アジアの対内直接投資における中国の存在感の増大はよく知られている通りで、ASEAN事務局の統計によれば、2024年の対ASEAN投資(東ティモールを除く10カ国)に占める中国のシェアは8.6%で米国(18.6%)に次ぎ、日本(7.7%)を上回る(香港は6.3%)。視点を変えて中国側から見ても、東南アジアが最重要投資先となっていることが分かる(図表1)。商務部が発表する対外直接投資統計によると、中国の2024年のASEAN10カ国への投資は製造業がけん引し、前年比36.8%増と急増し、344億米ドルとなった。対外投資全体に占めるシェアは17.9%まで拡大した。この数字はそれほど高くないように映るが、投資迂回地としての性格が強い香港(国・地域別順位1位、シェア60.4%)、ケイマン諸島(3位、4.6%)、英領バージン諸島(9位、1.5%)を除いたASEANのシェアは53%と過半に達する。

日本では中国企業が東南アジアを米国向け迂回輸出拠点として活用する動きに注目が集まりがちである。しかし、近年では同地域を市場として捉えた投資も伸びている。製造業ではEV(電気自動車)を筆頭に地産地消型の拠点を設ける動きが加速している。デジタルプラットフォーマーのB2B、B2C領域での投資のほか、金額自体は大きくないが、足元では飲食業やIPコンテンツなどでも中国ブランドが存在感を示している。ここでは深堀りしないが、中国から輸出される安価な製品の浸透も無視できない。

結果として、中国企業は日本企業にとって手強い競合になっている。日本貿易振興機構(ジェトロ)の「海外進出日系企業実態調査」(2025年度)によると、ASEANに進出する現地日系製造業企業のうち、競争力が最も強い相手として中国企業を挙げた割合は33.9%と、前回(2024年度)の26.5%から大きく増加している。

今後を展望しても、中国企業の東南アジア重視は変わらないであろう。対中警戒感の強い先進国への投資の難度が上がる中、中国企業にとってグローバルサウスは事業展開の注力先であり、地理的近接性、人口動態、相対的に安定的な経済情勢・政治社会情勢、ビジネス・インフラ環境、消費者の中国製品への受容度、華僑の存在などの要素を勘案すると、東南アジアはその筆頭である。中国企業の海外投資への意欲も衰えないと見られる。国内の「内巻」と呼ばれる過当競争が長引くほど経営資源に余裕がなくなり、海外展開の余力も失う企業は確かにある。しかし、過当競争を避け海外に活路を見出す企業もある。内巻を勝ち抜く企業ほど海外でも通用する強い競争力を持っており、その進出は現地日系企業の競争環境に大きく影響する。実際、東南アジアに展開している中国企業からは「厳しい競争環境を生き残った企業だからこそ海外でも戦える」との声も聞かれる。中国経済の低迷や過当競争は中国企業の海外展開の足かせにしかならないと考えるのは早計である。

(2)求められる東南アジアと中国の拠点間の連携

中国企業の台頭への対応は東南アジアの日系企業にとって喫緊の課題である。こうした中、東南アジアと中国の拠点間で相互往来を増やし、現状把握と対応策の検討を急ぐ日系企業が増えている。中国企業の進出を受ける東南アジア拠点側にとって、中国現地で産業や企業の実力を肌で感じることは重要である。

中国拠点側には中国事業を通じて得た経験や情報を東南アジア側に共有することが求められる(図表2)。例えば、テクノロジーの活用、製品開発のあり方やコスト削減の手法などにおいては、中国拠点が他の海外拠点の先を行っており、その経験やノウハウを他の海外拠点に横展開する事例も出てきている。また、中国企業が有する技術や社会実装から得られる教訓、それがもたらす機会や脅威について、中国拠点から東南アジアなど他の海外拠点や本社にいち早く共有していく役割もある。

中国拠点には中国企業との協業や取引の経験、実績も蓄積されている。そこから得られた中国企業に対する目利き力や商習慣への適応力は、海外に展開する中国企業との協業の可能性を模索する上でも不可欠である。海外で新規拠点を立ち上げる中国企業が取引先候補として声を掛ける現地日系企業は、中国内での実績が豊富な日系企業であることが多い。また、自社の規程や方針に精通し、かつ中国企業とのコミュニケーション経験が豊富な中国拠点の人材の活用もある。そうした人材が東南アジア拠点へ駐在または出向し、中国企業とのビジネス開拓を担う例も出てきている。

競争力ある中国企業が東南アジアをはじめグローバルに展開する中では、中国拠点の持つ経験、ノウハウ、情報を資産と捉え、自社全体で活用する姿勢も求められる。中国企業による海外進出の最前線とも言える東南アジアの拠点は全社にその動向やビジネス環境への影響を共有しつつ、中国拠点と密に連携して問題意識をすり合わせていきたい。実際、必要に応じて本社も交えながら、東南アジア、中国の両拠点で定期的な会議で対応策を練る日本企業もある。

中国企業に対する制限緩和に注目が集まるインド

日本企業のインドでの事業展開において中国企業の存在感の薄さは重要な要素である。ただ、印中関係が改善局面にある中では、両国関係がビジネス環境に与える影響を注視する必要がある。

印中関係は両国軍が国境係争地において激しく衝突した2020年以降、目立って悪化し、インドは中国企業の投資や事業活動に厳しい制限をかけてきた。一例として、東南アジアでは多くの中国完成車企業がEVの現地生産を進めているが、インドでは複数の中国企業が現地生産を計画するも、インド当局の承認を得るめどが立たず撤回に追い込まれてきた。インドの対内直接投資に占める中国のシェアは0.3%に過ぎない(インド商工省。2000年1月-2025年9月の累計)。

しかし、印中関係は2024年後半から改善局面にある。両国とも米国との関係が不透明感を増す中、モディ首相が2025年8月、7年ぶりに訪中したことも記憶に新しい。両国関係は領有権を巡る対立が全体に悪影響を及ぼさないよう管理しつつ、改善ムードを具体的成果に結びつける段階にある。2025年10月には印中間の直行便が5年ぶりに再開したほか、中国人専門職へのビザ発給も緩和されてきている。

インドのビジネス環境における一番の焦点は、インドが中国企業の投資に対しどこまで門戸を開くかである。中国企業に話を聞くと事業展開先としてのインドへの関心は強いが、インドの中国に対する警戒感は強く、対中関係の動向にかかわらず、経済安全保障やサプライチェーン強靭化の文脈で機微に触れる分野で中国企業を歓迎するとは考えにくい。インドは中国の外交姿勢を瀬踏みしながら、中国企業の資金や技術力が必要かつ低リスクと判断される限りにおいて選択的、段階的に投資を取り込んでいくことになろう。

ただし、インドの政府系シンクタンクが24%程度までの出資に限り事前審査の対象外とする旨の提言を行った、政府内では規制緩和に向けた検討が行われているといった報道も散見される。日系企業の事業展開上、現地企業との連携は有力な選択肢であるが、中国企業が現地企業の連携候補に含まれるのであれば手強い競合となるほか、中国企業を交えた三社合弁での展開といった選択肢も出てくる。

製造業企業のビジネスオペレーションという点で見ると、在インド日系企業の調達に占める中国からの輸入のシェアは少ないものの、重要な原材料・部品を依存している例もある。インド政府は特定品目で実質的に中国からの輸入を制限するような措置を唐突に導入することがあり、日系企業の事業にも影響を与えてきた。両国の関係改善を受け、中国からの輸入やエンジニアの渡航が安定したり、中国企業の参画でインフラやすそ野産業の整備が進展したりすれば、現地日系企業にもプラスであろう。インドの場合は東南アジア以上に、現場のビジネス環境に影響を与えうる要素として中国との二国間関係というマクロ環境の動向に気を払っておくことが求められる。

高まるシンガポール発の情報の意義

最後に、中国企業が台頭する環境下において事業上の打ち手を広く持つために、日本企業が持ち合わせておくべき視点を挙げておきたい。

(1)中国企業の進出を機会化する複眼的見方

中国企業の海外進出が日本企業の事業環境に与える影響は今後ますます大きくなる。こうした中では、その事象の意味合いを機会とリスクの両面から捉える姿勢が必要となる。まず、今後の事業環境を考える際は「中国企業の存在感」をシナリオに織り込むことは不可欠である。中国政府の政策方針や中国企業の海外戦略は、その実現可能性に議論の余地はあるにせよ、いったん正面から受け止めることで将来展望における思考の幅を広げられる。また、中国企業の進出を競争環境の悪化と一面的に捉えずに、ビジネス拡大の機会というプラスの面にも目を向けたい。製造業企業であれば、新たに進出してきた中国企業との調達、販売面での関係構築を検討する余地はあろう。中国からの輸入品目を現地に拠点を構えた中国企業から調達できれば、サプライチェーンの安定、コストダウンにも資する。

一方、現地の中国や中国企業への依存度が高まれば、「中国依存への警戒感」が強まり、日本企業の事業機会につながりうる。東南アジア各国をはじめとする新興・途上国の場合、中国企業の存在感が大きくなるほど、バランスを取るために中国以外からの投資を求める必要性は高まる。特に規模の大きいインフラ関連のプロジェクトなどでは一国依存リスクを回避する観点から日本企業の参画が求められる場面もあろう。タイのEVのように、中国企業の投資が現地に付加価値をもたらすのか、中長期的に地元の経済や雇用・人材育成にプラスなのかといった疑義が生じている状況も一部にある。日本企業としては、海外の資本を自国の産業高度化や雇用創出などに結びつけたい各国のステークホルダーに対し、自社の投資がもたらすメリットを丁寧に説明し、地元に寄り添う姿勢を示すことがこれまで以上に肝要になる。

フラットな「中国企業への視線」も欠かせない。過当競争によるダンピング、補助金への依存といったネガティブな側面に目を奪われがちになるが、中国企業の本業における強さとその背景を冷静に分析、評価したい。例えば、経営における意思決定の迅速さ、生産面では低価格を可能にするコスト削減の取り組み、最新の製造技術の実装、製品開発の短期化、販売面ではSNSの活用、巧みなブランディングによる消費者への訴求などである。

東南アジアで顕著に見られるように、中国で生まれる競争力ある企業、新たなビジネスモデルやテクノロジーは早晩、海外に展開される。中国の産業の厚みや優位性を活かしながら、シンガポールに本拠を構え中国以外の市場で事業を行う中国系企業も目につくようになっている。中国の内と外で情報を共有しつつ、広い意味での「中国企業」の動向を把握する必要がある。

中国や中国企業の影響力の増大に対応する上では、本社と海外の現場の間の認識ギャップを埋めていきたい。東南アジアでは中国企業の浸透を機会化する必要性は高まっており、インドでも今後は中国企業との付き合い方が問われる場面は増えてくるかもしれない。東南アジアの日系企業においては、事業上の有効な打ち手を増やすためにも、中国企業と何らかのビジネス関係を持つ選択肢は排除できないとの認識が広がりつつある。

他方、本社側では中国企業の実力や存在感を過小評価したり、地政学リスクを念頭に中国企業との取引や連携を十分には検討せず敬遠、拒絶したりしがちである。しかし、現地拠点が中国企業から取引を打診される、現地の既存の出資先や取引先が中国企業の出資を受けるといったことは起こりうる。そうした事象が起きてから検討を始めていては現地のスピード感についていけない。リスク管理の観点から一定の線引きをしながら、中国企業との付き合い方を平素から整理しておきたい。

(2)情報拠点としての期待が高まるシンガポールの役割

多くの日本企業の場合、東南アジア、インドについての情報収集機能を担うのは地域統括機能を置くシンガポール拠点である。お膝元の東南アジアはもちろん、アジアにおける中国企業の高まる存在感がもたらす機会とリスクを両にらみで捉え、適切に対応していく上でも、シンガポール拠点の情報機能はいっそう重要になる。

中国関連の情報について言えば、シンガポールは米中対立の中で中立を維持し、中国を脅威か否かという二元論では捉えておらず、中国経済との連結性向上は不可避との前提でビジネス機会とリスクを冷静に分析する姿勢は強い。シンガポールは国家間での合意に基づき、蘇州、重慶などで国家級プロジェクトに参画しているほか、シンガポールの多国籍企業や政府系ファンド(SWF)は中国で多くの事業や投資を行っている。後者の中国での事業動向はその経済や産業の先行きに対する見方を反映したものであり、注視に値する。在シンガポールの中国企業と接点を持てば、中国国内の経済や産業の動向についても肌感覚に近い情報が得られる。また、シンガポールからは東南アジア(場合によってはさらに広域)で事業展開を行う中国企業の動向はフォローしやすい。

東南アジアやインドのビジネス環境について、中国という要素を冷静に加味しつつ現地拠点と情報や認識をすり合わせ、本社サイドに適切にインプットするというシンガポール拠点の役割は大きい。

目次

<特集>


<編集後記>


執筆者経歴

岡野 陽二(おかの ようじ)

2023年6月から現職。新興アジアを対象に、日本企業のビジネス環境に影響を与える地政学・国際情勢、各国の政治・経済・産業の動向を追う。これまで政府系機関と総合商社系シンクタンクにて、日本企業の海外展開に資する情報の収集・分析・発信、企業のビジネス相談対応に従事。中国、シンガポールでの駐在経験を有する。

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

page top
入会案内 会員ログイン