2025年12月号(No.661)バックナンバー

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シンガポールにおけるEducational Tourism

WENDY TOUR SINGAPORE PTE LTD
General Manager

平野 理士

はじめに

2020年のコロナを機にシンガポールへご来星頂く機会は大きく減少致しましたが、近年は教育旅行の候補地としてシンガポールは再び脚光を浴びる機会が多くなって参りました。2026年は日本・シンガポール外交関係樹立60周年を迎える記念すべき年でもあり、「教育×旅行×未来」をテーマに高校生視点から日本の教育の在り方を考える良い節目でもあります。本稿の執筆をもちましてより日本の良い未来をシンガポールと共に形作る一助となれば幸いです。

シンガポールにおける訪問者数と近年教育旅行の動向

― 約6.6万人参加、延べ700校中、訪問先第2位

2020年のコロナにより一気に減少した来星者数でありましたが、2024年の外国人訪問者数は前年比21%増の1650万人となり、観光収入が過去最高だった2019年の277億シンガポールドル(約3兆円)を上回りました。

その中でも日本マーケットにおける顕著なセグメントに教育旅行があります。主に中学生、高校生、大学生の方の研修や修学旅行などがこの分野のウェイトを占めており、文部科学省の発表した「令和5年度 高校生の修学旅行について」の下記データを見ても明らかです。修学旅行で外国を訪れた高校生は、令和 5 年度は 66,618 人(令和 3 年度から 66,618 人増)、実施校は 延べ 709 校。 行先は 29 か国・地域にわたり、最も多いのはオーストラリア(12,304 人)、次いでシンガポール(11,734 人)、台湾(10,616 人)、アメリカ(9,904 人)、マレーシア(5,810 人)となっています。

シンガポールが選ばれる理由/実際の訪問先と学習テーマ

 

日本の修学旅行先として非常に人気が高いのは、その国土のコンパクトさからは想像できないほど多様な魅力と、教育的な価値が融合している点が挙げられます。

  1. 安全・衛生面(Safety and Hygiene)

シンガポールが選ばれる理由の中で、保護者や学校が最も重視する要素の一つはやはり治安の良さと衛生管理の徹底です。

・世界トップクラスの治安: シンガポールは、厳格な法執行により、世界でも有数の犯罪率の低い国として知られています。生徒が少人数グループで行動する際も、犯罪に巻き込まれるリスクが極めて低く、学校側が安心して引率できます。

・高い衛生基準: 衛生管理が非常に徹底されており、感染症のリスク管理や食中毒への懸念が他国に比べて少ないため、特にパンデミック後の教育旅行再開においては、大きな安心材料となり医療機関のレベルの高さもこれを牽引していると言えます。

・スムーズな移動: 効率的な公共交通機関(MRT、バス)が発達しており、計画通りの移動が容易な為、生徒の自主性を育むプランを取り入れやすい事が最大のメリットともなります。

 

  1. 教育的価値(Educational Value)

単なる観光地ではなく、「教育立国」としてのシンガポールだからこそ提供できる学びの機会が豊富な点です。

・課題解決型学習(探究学習)への適合: ガーデンズ・バイ・ザ・ベイやマリーナバラッジといった近未来的な都市開発プロジェクトは、環境問題や持続可能性、都市計画など、日本の高校の探究テーマと直結しています。

・科学・技術(Science & Technology): スーパーサイエンスハイスクール(SSH)などの学校にとって、最先端の研究所や科学技術館(サイエンスセンター)を見学できることは、生徒の学習意欲を高める直接的な刺激となり、都市開発の一例を学べるシティギャラリーはその一つとなります。

・経済・ビジネス教育: 東南アジアのハブとして機能する国際的な金融・貿易センターを肌で感じ、経済活動のダイナミズムを学ぶことができます。経済を学ぶ現地大学生様との交流やディベートのプログラムを計画することも多く、国際競争力を養うプログラムも需要が高い点となります。

 

  1. 英語学習環境(English Speaking Environment)

英語が公用語であるため、生徒が安心して英語を使う機会を持てます。

・実践的な英語使用機会: 国民のほとんどが英語を話し、日常のコミュニケーション、交通機関、観光施設、ショッピングなど、あらゆる場面で英語が通じます。生徒が臆することなく、学んだ英語を試す実践的な機会を提供します。

・留学の予行演習: 将来の留学を考える生徒にとって、アジア圏の文化圏にいながらにして、英語による生活を体験できるため、海外生活へのハードルを下げる予行演習となります。

  1. 環境・持続可能性(Environment and Sustainability)

シンガポールは「ガーデン・シティ」から「シティ・イン・ア・ガーデン」へと進化しており、環境教育のモデルケースとなっています。

・都市と自然の調和: ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの垂直庭園(スーパーツリー)や、大規模な海水淡水化プラントなど、限られた資源の中で都市を維持・発展させる環境技術や政策を直接学べます。

・資源管理と循環: ゴミ処理や水資源の確保といった、日本と共通する資源問題を抱える島国として、その解決策を展示施設(例:セマカウ島など)で具体的に学ぶことができます。

 

  1. 多文化共生(Multiculturalism)

多民族国家シンガポールでは、多文化共生のリアリティと、歴史・文化の多様性を深く学ぶことができます。

・多様な文化圏の体験: 中華街(チャイナタウン)、リトルインディア、アラブストリートといった民族地区が明確に残されており、生徒は数日の間に異なる文化や宗教、食生活を肌で感じることができます。

・共生社会の学び: 異なる民族が平和に共存し、国の発展を支えている事例を学ぶことで、国際社会における多様性の受容と共生の意義について深く考える機会となります。これは、日本の学校教育で重視される国際理解教育のゴールに直結しています。

 

6.現地の大学生とのディベート/協働プログラム

AI倫理や都市のサステナビリティなど、SSHの探究テーマを共有し、現地の優秀な人材層と真剣に議論をする環境にも恵まれていることも大きな要因となります。

 

7.多国籍企業訪問とミッション遂行

現地企業から課題を与えられ、チームで解決策を提案するワークショップ型研修や現地企業訪問なども受け入れて頂ける文化背景や起業カルチャーが多く存在しており、生徒の将来像を刺激するプログラムとして大変人気を博しています。

デスティネーション選定における課題/助成金

下記は令和元年度の数字となり、コロナ後に年々順調に回復している様に見えるものの、以前の水準には回復はしていない事が見て取れます。完全に数字が回復していない要因には物価差があげられ、逆アービトラージ状態になってしまっている点にあります。教育旅行の性質上、入学時から積立金によって予算取りを行う為、予算を急激に変更することが難しい点が挙げられ、物価差の変動率に追いつけていない実情があります。

また、一部助成金を適用される学校様もありますが、地方自治体補助金の標準的な申請タイムラインと積立金形態の親和性が薄く、申請のタイムラインに難点があげられます。多くの地方自治体補助金は、会計年度(4月1日〜翌年3月31日)に合わせて運用され、申請は旅行を実施する前年度(T-1)に集中します。積立金や渡航先選定など見積もり発生時のタイムラインは昨今2年先の案件なども多く、早く旅行計画を立てても助成金の申請枠に嵌らず、また直前に助成金がおりる状況があったとしても保護者会や学校の年次スケジュールなどの関係上、大幅に行程を変更する事も厳しい状況があります。結果として金額負担軽減にのみ留まり、事前に申請ができれば計画段階において取り込めるプログラムを組み込めず、本来可能なはずの高単価な国際競争体験コンテンツに手が届かないケースが見受けられます。

現状として日本の旅行会社は、学校法人に対し、「補助金ありき」で提案することが難しく、「補助金がなくても実施可能な積立金予算」をまず確定させる動きが目立ち、本来の国際競争力を養うようなコンテンツは費用が嵩む為、取り込みが難しい状況にあります。補助金の使い方に制約が出てしまい十分に機能してない状態であると言えます。日本の学生様の将来を見据えた際、本来は助成金により更に深いコンテンツを現地で体験させることが望ましく、その際に発生する費用を軽減することが助成金には求められています。シンガポールが選定される本質的な価値として、「国際競争力体験」があげられるものの、予算を理由に上記の様な行程を企画段階から一部断念するようなケースも見受けられます。 

対して補助金を申請しやすい背景にあるのはスーパーサイエンスハイスクール(SSH)校が挙げられます。上記の地方自治体への申請と異なる点としてスーパーサイエンスハイスクール (SSH) 事業費補助金が適用でき、この補助金は、学校が策定した先進的な科学教育プログラム(カリキュラム開発、課題研究など)の実施に対して交付されます。海外での科学施設訪問、国際学会参加、現地の学生との共同研究といった「海外研修」も、このSSH事業全体の一環として位置づけられ、事業費の一部として補助金の対象となります。SSH指定は数年間続くため、海外研修の予算も数年前から継続的に確保されることが前提となります。これにより、生徒の積立金が開始する1年生の段階で既に「補助金(公費)で賄う部分」と「積立金で賄う部分」を明確に分けて保護者に説明できます。単年度で予算が消滅する自治体補助金のような不採択リスクが低いため、予算組み替えの懸念が少ないことに優位性があります。

今後の展望
前述の様に助成金などより有効的に活用を行う事により、最先端のプログラムの取入れが可能な為、最先端のテクノロジーやプログラムの開発需要が見込まれています。昨今ではAIに関する話題がどこでも活発に行われております為、プロンプトエンジニアリングを学ぶプログラム開発など次世代に向けたテーマが求められています。また、昨今は小規模人数適用型の助成金もあり、1週間~10日など中期型プログラムのご要望も増えており、今後もこの傾向は続く見込みです。

一例に「トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム」などが挙げられます。生徒個人の海外留学を支援する制度ですが、高校生コースには「高校生の多様な学習」を支援する枠があり、学校が企画するテーマ型研修(例:科学探究、起業家育成など)として数十名単位のグループが支援対象となる場合があります。

・適用主体: 生徒個人(ただし学校経由で応募)。

少数グループで比較的足回りの聞く申請のものもある為、昨今は学年行事から派生した小型の短期集中プログラムも目立っています。こうした開催規模に左右されることなく、需要は一定数拡大はされていくことが予想をされつつも、学生人口の減少など別の視点からの懸念も一定数存在しています。

おわりに

旅とはつまるところ人の心です。弊社の仕事は、人の心を満たすところにその本質があります。時には、大事なお取引のシーンでその野望を満たす事であり、時には、誰かの大切な人生の節目を祝う事であり、時には、未来ある方が抱く、漠然とした将来への不安を現地での経験を基に少しだけ形作るお手伝いをする事かもしれません。どれもがその人が主役の人生のワンシーンに携わり、お手伝いをさせて頂きます。そのお手伝いを通じ、私自身が日々、皆様から多くのことを学ばせていただき、一歩一歩、歩みを重ねさせて頂いております。

この度の機会も執筆にあたって情報精査するにあたり、多くの気付きが在りました。ご縁を紡いで下さったToll社の髙橋様、JCCI事務局へ感謝申し上げますと共に、本稿をお読み頂くご縁のあった方に一寸の活力となることを願い締めくくりとさせて頂きます。お読み頂きありがとうございます。

<訳注>

1 https://x.gd/OhZcD (STB掲載PDF)

2 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/koukousei/20250331-mext_kyokoku_01.pdf

3 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/koukousei/20250331-mext_kyokoku_02.pdf

<参考リンク>

https://www.mlit.go.jp/kankocho/kobo07_00007.html

https://tobitate-mext.jasso.go.jp/hs/

https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/107733/hitoridekaigaichirashi_1.pdf

https://www.ryu.kyoiku-kensyu.metro.tokyo.lg.jp/pdf/R7_gaiyou.pdf

https://ssl.samidare.jp/~tukiyamaf/manabi/p/document/r6_outline.pdf

https://www.mext.go.jp/content/20240302-kyoiku01-000034366_2.pdf

目次

<特集>


<着任のご挨拶>


<編集後記>


執筆者経歴

1988年、大阪府生まれ。2011年青山学院大学卒業。卒業後S.M.Iトラベル(現Wendy Tour) バンコク支店、ホーチミン支店、クアラルンプール支店などを経て、2016年4月にてシンガポール勤務開始。コロナ禍にてデジタルマーケティング&セールス職を経て2025年現職に復帰。

singapore@wendyasia.com

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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