2025年10月号(No.659)バックナンバー

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シンガポールと日本における電子インボイス制度の最新動向

ERNST & YOUNG SOLUTIONS LLP 
Partner, EY Asean and Singapore Indirect Tax Leader
Boon Choo Chew(ブーン チョー チュー)

EY CORPORATE ADVISORS PTE. LTD. 
Director
久田 幸治

はじめに

E-invoicing(以下、「電子インボイス」、「デジタルインボイス」)は、世界各国の税務当局にとって最優先課題の一つとして挙げられています。近年、既に多くの国々が様々な形で電子インボイスを導入しており、数年先の未来には、さらに多くの国がこの流れに追随すると予想されています。

「電子インボイス」という用語は、一般的に売り手と買い手の間で請求書データをデジタル形式で交換する仕組みを指しますが、その導入の目的や採用されるシステムは、国によって大きく異なります。一部の国では、電子インボイスは、租税回避や不正取引の抑止を目的とする重要なツールとして位置づけられており、特に税務コンプライスの水準が低い地域において、その役割が強調されています。これに対して、他の国々では電子インボイスをデジタル・ビジネストランスフォーメーションの一環と捉え、手作業によるデータ入力の削減や処理精度の向上を通じた業務効率化を主たる目的として導入が進められています。東南アジアにおいても、インドネシア、タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピンなどの国々が既に制度を導入、又は導入に向けて準備を進めており、今後の普及拡大が注目されています。

本稿では、効率性の向上及び税務コンプライアンス強化の観点から、電子インボイス分野において大きな進展を遂げているシンガポールを中心に、日本における電子インボイスの現状についても解説させて頂きます。なお、本稿で用いる情報は執筆時のものであり、文中の意見及びコメントは個人的な見解を記載させて頂いています。

シンガポールにおける電子インボイス

シンガポールは、企業のデジタル・トランスフォーメーションを積極的に推進しており、その一環として2019年にPeppol(ペポル)フレームワーク(1)を採用し、全国規模の電子インボイスネットワークを立ち上げました。2020年9月には、このネットワークは「InvoiceNow」と改称されています。電子インボイス推進の中核を担う政府機関である情報通信メディア開発庁(IMDA:Infocomm Media Development Authority)は、欧州以外で初めてPeppol認証機関として認定され、ビジネス文書の電子交換を主導する立場を確立しました。

シンガポールのInvoiceNow は、「4コーナーモデル」に基づき運用されています。このモデルでは、売り手(Corner 1)が作成したインボイスが売り手側のアクセスポイント(Corner 2)に送信され、標準デジタル形式に変換されたうえで、買い手側のアクセスポイント(Corner 3)へ転送されます。Corner 3は受信したインボイスを書き手が利用可能な形式に変換し、最終的に買い手(Corner 4)に届ける仕組みになっています。

さらに、シンガポール内国歳入庁(IRAS:Inland Revenue Authority of Singapore)は、InvoiceNowの普及を加速させるため、2024年4月15日に電子インボイスを活用したGST(Goods and Services Tax)の段階的導入計画を発表しました。これにより、GST登録事業者(2)は、InvoiceNowを通じてインボイスデータをIRASへ送信することが義務付けられます。この仕組みを実現するため、IRASはネットワークに第5のコーナー(Corner 5)を追加し、GST登録事業者が送信したインボイスデータの写しを直接受け取る体制を整備しています。

シンガポールにおける「InvoiceNow」の導入要件は、以下のとおり、GST課税事業者に対し段階的に適用されることが公表されています。

  1. 2025年5月1日:先行導入期間として、請求書のデータをInvoiceNowを通じてIRASに送信したいGST課税事業者
  2. 2025年11月1日:新設法人で任意にGST登録を行うGST課税事業者(申請時点から過去6か月以内に設立された企業)
  3. 2026年4月1日:任意にGST登録を行うすべてのGST課税事業者(設立時期や法人形態に関わらず適用)

以上のとおり、当初は任意登録を行うGST課税事業者が対象とされていますが、今後は新規にGST登録を行う事業者や既存の登録事業者にも、段階的に導入義務が拡大される予定になっています。

また、関連法令の改正により、電子インボイスの標準化及びコンプライアンス確保のための制度的枠組みが整備される見込みになっています。IRASは、導入済み企業からのフィードバックを踏まえつつ、追加的な詳細を順次公表していく方針を示しています。

日本における電子インボイス

 日本においては、消費税改革の一環として2023年10月に「適格請求書等保存方式」が始まったことにより、インボイス制度に進展が見られてきています。当該インボイス制度では、消費税の仕入税額控除を受けるために、事業者は一定の要件を満たす適格請求書を発行することが求められています。

法的には、請求書を電子的に発行することは義務付けられていませんが、事業者は業務効率化と適格請求書要件への対応を目的として、Peppolの4コーナーモデルに基づくデジタル・インボイスソリューションの採用が推奨されています。Peppolに準拠した国内標準仕様である「JP PINT」は、売り手側のアクセスポイント(C2)と買い手側のアクセスポイント(C3)の間でデジタルインボイスを交換する際の基盤となっています。さらに、適格請求書(Peppol BIS Standard Invoice JP PINT)、仕入明細書(JP BIS Self Billing Invoice)及び区分記載請求書に対応する(JP BIS Invoice for Non-tax Registered Businesses)は、Open Peppol のウェブサイト上で公開されており、必要に応じて更新がされます。

現時点において、日本の税務当局は、シンガポールとは異なり、Peppolの仕組みにおける処理・受信を担う「Corner」として統合されていません。

シンガポールと日本の電子インボイスの比較

 シンガポール及び日本の政府は、電子インボイスの導入が企業にもたらす多くの利点を認識しています。具体的な効果は、以下のとおりになっています。

  1. コスト削減:印刷及び保管等の観点から、紙媒体の請求業務に係る費用を大幅に削減
  2. 業務の効率化:会計処理の効率化により、請求書発行から入金までのプロセスを短縮
  3. 正確性の向上:手作業処理に伴う入力・転記ミスの減少
  4. 環境への配慮:紙の使用量を削減することにより持続可能な取組みとして寄与

両国において、電子インボイスの導入は、業務プロセスの最適化、業務の効率化、さらには環境・社会への配慮を推進するうえで重要な施策と位置付けられています。企業にとっても、こうした技術の導入はデジタル経済の進展に適応し、持続的な成長と競争力強化を図るための有力な手段となり得ます。

導入のステップ

以下の7つの項目は、企業が電子インボイスを円滑に導入するために留意すべき主要なポイントの概要になっています。

  1. 要件の理解
    • 自国又は地域における電子インボイスの法的・規制上の要件の調査し、必要なフォーマット、データ項目、コンプライアンス基準を正確に把握することが不可欠になります。
  2. 現行プロセスの評価
    • 既存の請求書発行プロセスを精査し、改善の余地がある部分を特定します。電子インボイスが業務効率化、エラー削減、処理制度向上にどのように役立つかを検討します。
  3. 最適なソリューションの選定
    • 自社のニーズに合った電子インボイス・プラットフォームを選定します。既存の会計システムとの連携、使いやすい操作画面、地域規制への適合といった機能を確認する必要があります。
  4. 社内のステークホルダーとの共有
    • 財務、税務、オペレーション、IT部門などの主要部門を計画段階から関与させ、初期段階から認識を共有することは、円滑な移行を実現するうえで非常に有益になります。
  5. 導入計画の策定
    • 移行に必要な手順、スケジュール、リソースを明確にし、進捗を管理できるマイルストーンを設定することも大切になります。
  6. チームの教育
    • 新システムの利用方法について従業員に研修を実施し、機能や利点を理解させることで効果を最大限に引き出すことができます。
  7. 最新情報の把握
    • 規制変更や技術的進展を継続的に把握し、自社の運用を定期的に見直すことで、コンプライアンスと効率性を確保することが必要になります。

おわりに

本稿においては、シンガポールにおける電子インボイス(InvoiceNow)の取組みを中心に、日本における電子インボイス制度との比較を交えて解説させて頂きました。今後数年における電子インボイスは、自動化の進展、他のデジタルツールとの統合、高度なデータ解析機能の活用などにより、その価値が一層高まると予想されています。これらの発展を通じて、企業は的確な意思決定、キャッシュフローの最適化、顧客や取引先との関係強化を実現できるようになると考えられています。したがって、電子インボイスの導入は一過性の流行ではなく、ビジネスオペレーションの最適化・高度化に向けた不可欠なステップになります。企業経営の観点からも、電子インボイスへの対応を図ることは避けて通れない課題であり、適切なタイミングで対応を講じることが重要であると思料致します。

<訳注>

1  Peppolとは、電子インボイスを安全かつ効率的に送受信するための国際的な標準仕様になります。

2  過去又は将来の12ヶ月間でGST課税対象売上高が100万SGDを超える企業は、原則としてGST課税業者として登録が必要になります。

目次

<特集>


<編集後記>


執筆者経歴

Boon Choo Chew(ブーン チョー チュー)

EYアセアン・間接税のリーダー及びEYシンガポール間接税サービスの統括リーダーに携わる。

幅広い産業に属するシンガポール企業及び多国籍企業に対するGSTコンプライアンス、プランニング、コンサルティングにおいて豊富な経験を有する。以前は、IRASのGST監査部門において税務監査事案を数多く担当した経験を有す。Accredited Tax Advisor (GST), Singapore Chartered Tax Professionals。

 

久田 幸治(ひさだ こうじ)

シンガポール勅許会計士(ISCA会員)・米国公認会計士(デラウェア州)

大学卒業後、大手シンクタンク勤務を経て、2008年に新日本アーンストアンドヤング税理士法人(現EY税理士法人)移転価格部に入所、2014年よりEY Corporate Advisors Pte. Ltd.(EYシンガポール)に所属。幅広い産業に属する日系及び外資系企業に対する各種優遇税制取得サポート、タックスプランニング、移転価格リスク分析、移転価格ポリシー策定、移転価格文書化、事前確認(APA)、相互協議サポート等を含む様々なアドバイザリー業務に数多く携わる。各種書籍等への執筆に加え、日本、シンガポールを含めた東南アジア各国で税務・移転価格セミナーを多数実施。

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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