はじめに
現在、自由貿易や民主主義の促進、国際法の遵守、人権の尊重といった、いわゆる「リベラル国際主義」を基盤とする国際秩序は、重大な岐路に立たされている。2017年の第一次トランプ政権以降、米中対立が激化し、アメリカは国際主義から部分的に離脱した。2020年には新型コロナ・パンデミックによって世界的な外交活動が停滞し、2022年2月にはロシアのウクライナ侵攻が勃発した。同年8月には当時のアメリカ下院議長ナンシー・ペロシの訪台により台湾海峡の緊張が一層高まり、さらに2023年10月にはハマスによるイスラエル攻撃を契機にガザ紛争が発生した。これらの国際紛争・緊張・課題は現在も継続しており、加えて2025年の第二次トランプ政権の誕生によって「アメリカ・ファースト」を掲げた外交政策への転換が図られることで、国際情勢の不確実性はいっそう増大することとなった。
端的に言えば、現在の国際環境の変化は、アメリカによる一極体制の衰退に起因している。冷戦後、アメリカはリベラル国際主義を基盤とした新たな世界秩序の構築を目指し、軍事的・経済的・政治的支援を提供してきた。しかし、2000年代のアフガニスタンやイラクでの対テロ戦争によって疲弊し、さらに2008年のリーマンショックを契機に、その一極体制はほころびを見せ始めた。他方、中国の著しい台頭は、東シナ海や南シナ海における強硬姿勢だけでなく、2013年以降の「一帯一路」を通じた経済的影響力の拡大を伴い、地政学的安定を大きく揺るがす要因となった。
当初、オバマ政権はアメリカの相対的衰退に対処するため、「国際秩序の維持」を掲げ、同盟国やパートナー国に対して支援を呼びかけた。それに応えるよう、日本を含む価値を共有する国々や、既存の秩序から戦略的・経済的利益を享受してきた国々は、アメリカとの協力関係強化を支持した。しかし、中国が提供する巨大な経済的利益の影響は大きく、いわゆる欧米諸国が主導してきた「世界基準」とは異なる、中国発の規範やルールを受け入れる国家も少なくなかった。その結果、国際秩序は単一的ではなく、多元的な様相を呈するに至った。