2025年6月号(No.655)バックナンバー

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シンガポールにおける日本人による日本食屋台経営

KURASHI PTE. LTD
Director

川合 梨央

はじめに

シンガポールにある世界遺産に何を思い浮かべますか?そもそも世界遺産があることをご存知ない方も多いのではいでしょうか。シンガポールではホーカーセンター(半屋外屋台村)がユネスコ無形文化遺産に2020年登録されました。この文化遺産であるホーカーセンター、シンガポールの台所とも呼ぶに相応しいほど現地人と切っては切れない存在となっています。しかし、ホーカーセンターには日本食があまりないことにお気づきでしょうか?見たことがあると思われた方、それはきっと“コーヒーショップ”で見たのでしょう。私がオープンした日本食屋台“Nadeshiko”もコーヒーショップの中でした。

シンガポールの食事情

シンガポール人の約80%が週1回以上ホーカーセンターで食事をします。これはシンガポール人の3分の1が週に7回以上外食をしていることになり、少なくとも1日1回はホーカーセンターで食事をしています。このようにシンガポールは外食国家であり、ホーカーセンター以外の外食も含めるとさらに回数は増え、コーヒーショップはホーカーセンターと同比率となっています。ではなぜシンガポール人はホーカーセンターやコーヒーショップなどの半屋外屋台で食事をするのでしょうか。National Environment Agency(NEA)が2019年に実施した調査によると、回答者の10人に9人がホーカーセンターに満足、または非常に満足しており、食事の価格の手頃さ、食品の質の高さ、飲食環境に満足しているという結果でした。また、地域に必要な施設としても重要視されておりコミュニティダイニングルームとして近隣住民にとって欠かせないものとなっています。

ホーカーセンターとコーヒーショップの違い

ホーカーセンターとコーヒーショップの違いとして大きく違う点として、ホーカーセンターは独立した建物で多くが市場と隣接していることが多く政府が管理している施設です。一方、コーヒーショップはHDB(公営団地)の下に入っており、ホーカーセンターよりも小規模で民間所有またはHDBが運営者に貸し出しをしています。店舗を構えるための条件も異なり、ホーカーセンターは21歳以上のシンガポール国民または永住者であることが条件となります。また、すぐにストールを借りられるわけではなく、入札が行われ最高落札者が借りることができます。コーヒーショップを借りるためには個人事業主として登録または会社を設立する必要がありますが、ホーカーセンターと異なり入札もなく、会社を設立できれば外国人でも借りることができます。

コーヒーショップで出店するまで

まずは簡単に私の経歴を紹介させていただきます。シンガポール人と婚姻後、2017年にシンガポールへ移住をしました。その後会社員を経てコロナ禍のいわゆる“おうち時間”で様々なスイーツをSNSへ投稿し始めました。元々学生時代に製菓店で4年間製造としてケーキなどのスイーツを作っていたため、ある程度の知識がありその知識を活用しつつ製作をしていたところSNSの方々から販売をしてほしいと依頼がありました。個人事業主の登録をし、メインジョブをしつつ販売を開始しましたが想像以上の方が購入をしてくれたため、会社員をやめスイーツ1本で活動を始めました。その後、コロナ禍が明け配送料が大幅に値上がりをしたことで次の策を考えなければならない状況でした。ロッカー販売や専属ドライバーなど様々な策を考えていた矢先、コーヒーショップで出店するのはどうかと話が上がり出店を決意しました。

コーヒーショップ特有のルールを知る

出店を決めたストールで営業を始めるために、まずは賃貸契約をする必要があります。先ほど述べた通り、コーヒーショップは民間所有のため賃料やその他のコスト全てを民間企業や個人が決めることができます。民間企業によって条件は異なりますが、契約をした民間企業からは賃料のほか皿の分別費用や維持費、ペストコントロール費、光熱費が請求されます。通常の物件と大きく違う部分として、皿の分別費用が発生するという点でした。この費用をカットすることはできず、後々の不満点となります。また、排気口の清掃なども自分たちでは手配できずオーナー企業が決めた業者が定期的に手配され企業へ支払いをします。次に、メニューを決める際も特有のルールがあります。民間企業が運営しているコーヒーショップではドリンクの提供ができません。ドリンクはオーナー企業側が独占販売をしており、他のストールでは販売できないようにしているからです。また、オーナー企業側へ販売するメニューのチェックも入り他ストールとメニューが重ならないようにされていました。

東南アジアの洗礼を受ける

いよいよオープンに向けて工事を始めようとストールの清掃を開始。以前入っていた店がほぼ夜逃げ状態だったため、テイクオーバー費を払っていたにも関わらず清掃から入らなければなりませんでした。大型什器に関しては廃油も入った状態、冷蔵庫内には虫が湧いていました。不用品の撤去から始め清掃業者へ大型什器を撤去してもらい、壁や床の清掃ができるようになりました。ですが、ここで疑問が発生します。契約したストールはハーフストールでした。もう半分は壁などの仕切りもない不衛生な状態の中でも営業をしていたのです。日本なら有り得ないですが、衛生観念の違いに驚きを隠せませんでした。オープン後、さらに衝撃を受けます。調味料の蓋が開いたまま、床は材料屑が落ちたままの状態で隣店のスタッフが帰宅してしまうのです。そのため、虫やネズミなどが寄ってきてしまうのでオーナーに相談をするも大した改善はされませんでした。埒が開かないため隣店スタッフに掃除をするように依頼をしましたが、掃除をしているの一点張り。どうにかこちらのレベルに合わせてもらうよう、営業中も常に綺麗な状態を維持し続けたことでやっと許容できるレベルまで清掃をしてくれました。シェアをしているからこそ発生する悩みがあることを理解していましたが、想像を超えるものでした。また、オーナー側から通知のない工事や清掃が営業時間中に発生するたびにクレームを入れることもありましたが改善はされませんでした。ハズレのオーナーを引いてしまったと感じた瞬間でした。

客層と食の安全性

店の営業をスタートさせ、様々なお客様がいることを改めて実感しました。日本食と聞くだけで「寿司はないのか」と聞いてくる方が想像以上に多く、自分が考えていたほど日本食の中でもカテゴリーがあるところまでは浸透していませんでした。特に出店エリアがローカル住宅地であったため、高齢者が多く日本食に触れたことがない人がほとんどだったようです。それでも挑戦をしてくれる高齢のお客様が多く、自身の息子・娘や孫から勧められ注文し常連になっていただける方が非常に多く日本食を様々な年齢層に浸透していくことが毎日の励みになりました。お客様に合わせて薄味に調整し、肉を細かくカットするなどお客様との距離が近いコーヒーショップだからこその楽しみがありました。また、多くのお客様から「あなたのストールは綺麗だから購入できる」と衛生面においても購入のきっかけとなっていたことも分かりました。食べ物、飲み物を取り扱うにあたり、シンガポールでは食品衛生管理者の資格を取得必要があります。事前に講習と試験を受ける必要があり、定期的にSFAが抜き打ちチェックを行う際に資格がない場合はその時点で取得するまでキッチンに立つことができなくなります。

コーヒーショップでの営業を通したシンガポールという国について

昨年末にコーヒーショップでの営業を契約満了に伴い終了し退去をしました。オーナー企業に対し不満が募っていたこともあり退去を選択しましたが、退去をする場合にも一筋縄では行きませんでした。まずは大型什器を次の店舗にテイクオーバーしたいと打診をしましたが、全て撤去するように伝えられます。以前の店はテイクオーバーしていたと伝えますが、その話をすると返信が来なくなりました。話したくない話題は全て無視をすることで統一しているようで、電話も出なくなっていきました。退去が遅れ、賃料が余分に発生させることを避けるために、什器を売り切り清掃を完了させました。その後デポジットの返却が行われるはずが退去から計算した予定日を過ぎても支払われず、担当者に連絡するも無視。連絡先を知っていた別の社員へ連絡しどうにか返却日を確定させ無事デポジットを受け取ることができました。退去してから2ヶ月以上かかりました。言ったもんがち、という言葉がありますがシンガポールにおいては特に重要であり、言わなければ本来受け取ることができるサービスや物を受け取ることができない場合があります。契約書を出しても無視をされることもあります。どちらかが折れなければ話が進まないことを分かって無視しているのでしょう。過去に勤務した会社が全て日系会社だったこともあり、この理不尽さに納得が今も納得がいきませんが、シンガポール企業との関わり方を経営者目線で感じ取ることができました。この経験を今後の店舗オープンに向けて活かし、シンガポール人に愛される店づくりを目指せたらと思います。

参考文献・訳注

1 Health hub

https://www.healthhub.sg/live-healthy/eating-light-at-a-hawker-centre-is-possible

2 National Environment Agency

https://www.nea.gov.sg/media/news/news/index/high-majority-of-patrons-satisfied-with-hawker-centres

目次

<特集>


<着任のご挨拶>


<編集後記>


執筆者経歴

2017年に渡星後、フリーペーパーの営業や日本人会のバックオフィスを経てコロナ禍に個人事業主として独立。昨年2024年までコーヒーショップにてNadeshiko Japanese cafeを経営。

現在は新規店舗オープンに向けて活動する傍ら、イベント会社の運営も行うなど精力的に活動している。

oideyosingapore@gmail.com

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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