2025年11月号(No.660)バックナンバー

HOME月報概要真の連結経営管理時代の到来に向けて

真の連結経営管理時代の到来に向けて

DELOITTE SINGAPORE T&T PTE. LTD.
Director

松岡 弘

はじめに

真の連結経営管理時代が到来しつつある。在シンガポールの地域統括機能を担う日系企業様からの相談の多くが、シンガポールの人件費や物価水準の上昇などに伴うコスト負担増、それによるシンガポール拠点の提供サービスの相対的な価値低下に起因する内容となっている。その対処法として、地域統括拠点のマレーシアやタイへの部分的な移管、フィリピン、マレーシアやインドでのシェアードサービス・外部委託(アウトソーシング)の活用、本社や域内の優秀人材を活用した高度専門業務の提供など、地域全体で企業グループの価値を高める工夫に取り組んでいる。

従前より、日系企業は法人単位で業績を最大化するよう経営資源を配分しがちであったが、法人単位では優秀人材の確保やデジタル技術の導入、高度なノウハウ獲得、それらへの投資原資の確保など、経営資源に制約が多い。また、東南アジア各国に進出し、ローカルマーケットへの深化を進めた結果、金のなる木やスター、問題児、負け犬に分類される製品・サービスや国・マーケットが鮮明となり、その結果、全方位対応から選択と集中の徹底による事業ポートフォリオの組み換えや新たな市場を獲得するビジネスモデルの変革、それら事業運営を支えるオペレーティングモデルの変革が必要となっている。このような事業環境変化に直面する中で、各国での局地戦から地域全体で勝てる、勝つべきマーケットに必要な経営資源を投下する、大局的な地域総力戦へとシフトさせる企業も増え始めている。各国戦略から地域戦略に転換するには、法人を跨った地域一体型の経営管理が有効であり、それは日系企業が欧米企業に後れを取ってきた連結経営管理において、連結決算処理を行うという法規制対応のレベルを超え、地域一体で売上拡大や利益改善を実現するという、経営や事業そのものを地域グループの連結目線で執り行うレベルが求められることになる。本誌の読者も同様の課題や変革に直面しておられるのではないかと思い、この機会を通じて弊社の方法論やトレンド、事例をご紹介させていただきたい。

真の連結経営管理とは

真の連結経営管理は地域一体型の経営・事業運営と述べたものの、地域軸という管理軸自体を明確に規定し、当該レポートラインや意思決定を事業軸より優先させている会社は少なく、連結経営管理という概念もこの管理軸を優先すべきと言っているわけではない。法人単位の決算は法規制対応として必要であり、また、予算編成や業績把握の単位としても有効である。一方で、組織という枠組みは戦略を遂行する一つの要素でしかなく、その形態や構造を含め、事業戦略遂行に必要なケイパビリティを発揮できる業務基盤を構築することが肝要で、法人単位ありきの議論ではない。これまでは法人単位の集合体だけで十分なケイパビリティを発揮できたものの、その集合体だけでは通用せず、法人を跨った事業運営によってそのケイパビリティを補完、強化する手段を見出さなければならない時代が到来しているとも言える。

上記の発想の転換を生み出す上で有効な考え方をいくつか紹介したい。まずは、戦略カスケードダウンといわれる手法に代表される、「Where to Play(どこで戦うか)」、「How to Win(どのように勝つか)」、に対する解をグループレベルで常に持ち続けるということである。Where to Playにおいては、国単位での事業軸や製品・サービス軸だけでなく、国に限定されない経済圏や特定区域、国横断での顧客軸を優先した事業運営にシフトすることなどが考えられる。How to Winにおいては、R&Dや販売・マーケティング、需給調整などの機能をグループ内で統合することで、顧客ニーズへのより迅速、柔軟な対応が可能な機能配置を行い、加えて、持株化や支店化への切換えなどで社内の意思決定も迅速化し、さらには、その意思決定を適正化するデータ基盤を構築し、データドリブン経営にシフトすることなども考えられる。次に、「地域シナジーマネジメント」の概念を取り入れることも有効である。企業買収時のシナジー検討は一般化しているが、それ以外の局面での事業環境や各法人が持つケイパビリティの変化に応じて、グループ内シナジーの在り方について継続的に検討している会社はまだ少ない。売上シナジーでは国を跨ってのクロスセル、コストシナジーでは集中購買やベンダー集約、共通性の高い業務のシェアード化、財務シナジーでは財務活動集約による決済手数料や利息の削減、経営シナジーでは技術や人財などのノウハウの共有による事業運営全体の有効性や効率性の向上など、事業戦略遂行に必要なケイパビリティを地域シナジーの創出により、強化・補完することで戦略の実効性を高めることも有効である。

このような観点から連結経営管理を強化している日系企業の取組事例を3つご紹介したい(図表参照)。1つ目の事例は海外ビジネスの本社化である。特にシンガポールが海外ビジネスのハブとしての機能を果たす業界に見られる動きで、Where to Playにおいて、従来の日系企業とのビジネス依存を減らし、非日系企業の売上比率を高めたり、M&Aや新規事業開発、組織・事業再編を通じて従来型のビジネスモデル変革を推進したりするケースや、地域シナジーにおいて、経営シナジーや財務シナジーを追求するケースによく見られる。日本本社に比べて、海外ビジネスの顧客や取引先、外部機関とのネットワーキングや専門知見・優秀人財確保、事業環境変化への迅速な対応などを可能にする狙いがある。このケースでは、これまで通り、シンガポールに地域統括拠点を配置し、各事業の責任者も統括組織に所属して本社側や各国の事業責任者との連携・調整役を担うことで、各国の事業運営に必要な経営資源の配分を最適化している。予算や事業計画に係るKPIもコントロールしており、実績の進捗状況に合わせて、各拠点の売上や利益の着地見込の調整や翌期以降のローリングフォーキャストの作成に向けた、事業計画の見直しやそれに伴う事業全体・各事業の経営資源配分の見直しも行っている。地域連結数値や各KPIに対しては地域統括が責任を負うケースもあるが、この点は本社との責任・権限の棲み分けに応じて責任度合いが異なっており、KPIは集計中心で各拠点や事業間の調整役にとどまるケースもある。また、組織形態としては持株化しているケースもあるが、資本関係を含めてシンガポール拠点と他拠点を親子関係にしているのは事業成果としての配当回収とそれを原資とした更なる成長への域内投資の循環を作る狙いが強い場合にみられ、全てのケースにおいて持株化されているわけではない。

2つ目の事例は、高度専門業務のグループ内集約・バーチャル連携の動きである。これはHow to Winにおいて、攻め・守りのガバナンスを再構築し、グループ全体の事業貢献や事業統制を強化するケースや、その際に地域シナジーとして特に経営シナジーの高度専門知見・ノウハウをグループ全体で融通する中で、売上やコスト側のシナジーを追求するケースによく見られる。各国拠点では確保しきれいない高度専門知見をグループ全体のケイパビリティで補完・強化し、データ分析を通じて、販売・コスト削減の機会損失の防止や不正・エラー検知、それらの基盤となるデータ整備やデジタル型の業務・分析モデルの開発などを可能にする狙いがある。このケースでは、シンガポールに地域統括の機能を置きつつも、その狙いはグループ全体の事業推進やマネジメント、経営指導を担う人財や外部専門家をシンガポールで手配し易いことであり、それが困難な場合においては、事業戦略上の重点エリアや、特定領域での専門家を手配できる場所として、例えば、タイやオーストラリア、インド、あるいは日本本社側など、それに該当するグループ内の人財とバーチャルで連携しながら該当機能・サービスを提供している。事業貢献を重視する場合は、域内の顧客情報や販売情報の分析、事業開発・アライアンスなどの成功モデルの各国展開などを担っており、事業統制を重視する場合は、コンプライアンス遵守や不正・エラーの検知・対応、リージョンポリシーの策定やその教育研修、遵守状況のチェックや相談対応などを担っている。組織形態としては、バーチャル組織として、CoE(Center of Excellence, Center of Expertise)と言われるチームを組成し、拠点・事業横断のコラボレーションを促進する基盤の構築・運営を通じて、そこに高度専門知見・ノウハウを共有し、ベストプラクティスの開発を続けている。また、自社内で確保しきれない場合は、そのCoEチームが外部の政府や教育機関、スタートアップ、各種専門家などと密に連携し、人財育成やノウハウの開発に取り組んでいるケースも増えている。

3つ目の事例は、定型処理のシェアード化の動きである。これはHow to Winにおいて、相対的に人件費単価の低い拠点に定型処理を集約し、グループ全体のコスト競争力を強化するコストシナジーを創出するケースや、業務標準化や自動化、教育研修、システムの保守運用などを集約業務に対して集中的に行うことで副次的なコストシナジーを創出するケースによく見られる。それらシナジーを通じてコスト削減・最適化を狙っているものの、東南アジア域内では人件費単価差の違いで十分なコスト削減を得られないこともあるため、そのような場合には、業務集約化を通じて、各拠点のリソースを販売・購買などの商取引に係る事務処理やリスク対応から解放し、顧客接点業務や付加価値業務に専念させ、売上や利益拡大への貢献を期待する狙いもある。このケースでは、シンガポールの地域統括自体がシェアード業務を提供するわけではなく、統括拠点はその業務移管や移管後の継続改善に係る企画や運営状況の監視、それに必要な経営資源の配分に係る意思決定を担ったりしているが、その点はセンター側との責任・権限の棲み分け次第であり、そういった企画や管理などの機能もセンター側に保持させる場合、シンガポールの定型処理を行うメンバーはマレーシアやフィリピン、インドなどの集約センター側のメンバーに入れ替わる形となり、シンガポール単体事業の非定型処理を中心に担う形にリソースの見直しが行われている。また、最近では、より機能を細分化し、適材適所を実現する動きもみられ、請求発行などの英語だけで業務遂行可能な処理はフィリピン、複数言語対応が必要で、シンガポール統括との連携が多い業務はマレーシア、ITやデジタル開発に係る業務はインドなどに分散しつつ、集約対応している。加えて、CoE同様、外部ベンダを活用するケースもあるが、東南アジア域内ではコストメリットを実現しにくいことや自社に即した業務標準化・継続改善が実現しにくいことなどを理由に、外部ベンダの活用も多様化しつつあり、一連の業務を全て任せる形ではなく、標準化・自動化などを世の標準レベルまで改善するところまで外部ベンダを活用し、それ以降は内製化に切り替えるなどの対応もみられる。

最後に、日系企業が連結経営管理を実現する上での課題として、①オーナーシップ制度の不足、②事業軸ガバナンス体制への強い依存、③連結経営管理の仕組みを継続的にアップデートする仕組みの不在、について触れておきたい。オーナーシップ制度の不足とは、具体的にはコストオーナーやプロセスオーナーであり、日系企業は従来から法人単位での責任会計を重視してきたため、グループ全体や法人跨りで一定の牽制を利かせる機能が存在しない、あるいは存在していても十分に機能していないケースがある。法人・組織別の責任単位では、販売や受注、出荷、請求、入金などのプロセスをEnd to End目線、一気通貫で効率化を実現すべきポイントや不正・エラー防止などの業務品質強化を実現すべきポイントなど、業務のあるべき姿の設計や、その設計通りに関係者が期待された通りの運用を行っているかについての責任所在が曖昧になりがちである。リージョン全体でのプロセスオーナーを設置し、当該オーナーのもとに適切な業務の設計と運用を実現していく必要がある。また、全ての費目を法人単位で管理可能なわけではないため、販管費や財務・税務コストなどを含め、リージョン全体の中でのオーナーシップを明確にし、各費目の予算・目標水準を決め、予算の消化状況をコントロールする中で、連結経営管理の費用対効果を検証できる状態にしておく必要がある。

事業軸ガバナンス体制への強い依存とは、各国や東南アジア、APACなどの地域軸、経理や人事、ITなどのファンクション軸といった、事業軸とは別のレポートラインが存在しない、あるいは存在していても十分に機能していないケースである。基本的には事業軸をベースに事業運営する点においては疑いの余地はないものの、事業環境や事業戦略の遂行においては地域軸やファンクション軸をより上位の管理レイヤーとしてコントロールすべき機能も存在する。特に事業間の売上やコストといった地域シナジーを創出できる取組みの推進については、日本本社側からの関与では十分な透明性や支援を得られないことも多い。また、財務や税務、監査などの現地法規制の影響を受け易い業務や、グローバル・リージョンポリシーへの高い準拠性が求められる業務などは事業軸だけのガバナンスでは十分なケイパビリティを備えられないことも多い。これらの事業軸依存では十分な機能を発揮できない業務における、グローバル・リージョン・各国間のガバナンスやレポートラインを設けることで、攻め・守りの両輪で連結経営管理を動かせる状態にしておく必要がある。

連結経営管理の仕組みを継続的にアップデートする仕組みとは、その取組成果を評価し、改善や強化ポイントの明確化と優先順位付けを行い、また、それに必要な経営資源を配分・投下し続ける仕組みである。東南アジアやAPACといった地域全体目線で予算編成を行っているケースであれば一定程度、この仕組みが整っているが、法人単位のみで予算編成を行っている場合は、当該地域のグループ全体としての取り纏めは本社側が行っており、また、PLやB/Sといった財務情報レベルでしか評価できていないことが多い。連結経営管理の仕組みは、事業環境変化や事業戦略の遂行における経営課題や不足するケイパビリティに応じて、連結経営管理に求める期待やベネフィットも変化し続けるものである。従い、上述の事例で言えば、本社化の事例であれば、予算編成や事業計画のアップデートと合わせて、各国や各事業の経営課題を確認し、不足ケイパビリティを地域として補完、強化するイニシアティブの追加策定や既存イニシアティブの有効性を評価し、その改善案を盛り込まなければならない。高度専門業務のバーチャル連携の事例であれば、当該業務の提供を受けているユーザ側の声を確認し、変更・高度化要望などを取り入れながらその業務改善の内容を計画に盛り込んでいかなければならない。定型業務のシェアード化の事例であれば、グループ各社に提供している日常処理の満足度や契約上のKPIを満たしているかを評価し、その改善計画を盛り込んでいかなければならない。欧米ではこういったグループ内の地域統括やシェアードサービスなどに対するユーザ側からの評価を定量的、定性的に行う仕組みが整っているが、日系企業では組織的、機械的に対応しきれていないケースも散見される。外部向け活動同様、特にコーポレート部門の機能は、社内の顧客から評価を受け、継続的に業務が改善される状態にしておく必要がある。

おわりに

今回は、東南アジアやAPAC地域でのグループ一体型経営管理のトレンドや事例についてご紹介させていただいた。日系企業は労働力不足と生産性改善への対応が急務となっており、事業環境の変化に合わせ、必要なケイパビリティを確保しつつ、適材適所を実現していくことが求められている。今回の内容がみなさまの今後の検討の一助になれば幸いである。

目次

<特集>


<着任のご挨拶>


<編集後記>


執筆者経歴

2018年11月より、デロイトのシンガポール拠点にて東南アジア域内の日系企業向けに会計・経営管理コンサルティング領域のリーダーを担当。himatsuoka@deloitte.com

 

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

page top
入会案内 会員ログイン