2025年11月号(No.660)バックナンバー

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ジャパン発モノ・サービス、アジア展開の最適解を探る

I&CO APAC
事業開発責任者

竹内 恭平

アジア展開の現在地:「進出」から「共創」へ

日本企業のアジア展開における課題は、もはや「進出するか否か」ではありません。問題は「どのように進出するか」、そして「現地でどう受け入れられる形に変えるか」にあります。

シンガポール・マネジメント大学の研究者Gabrielle Tan氏は、弊社のインタビューで興味深い指摘をしていました。今やアジア市場では、完成した製品をそのまま持ち込むのではなく、現地パートナーと共にその土地に合わせて創り直す姿勢が求められているというのです。

この言葉は、商品展開における本質的な変化を捉えています。求められているのは、現地の文化的文脈を一次情報から深く理解し、日本的な価値を「翻訳」する力です。単なる言語の置き換えではなく、商品の意味や体験そのものを、現地の人々が自然に受け入れられる形に再構築する——この「翻訳」こそが、今日のアジア展開における最重要課題となっています。

特にアジア市場においては、この傾向が顕著です。経済成長と共に消費者の嗜好は多様化し、単に「日本製だから良い」という時代は終わりを告げました。購買の意思決定は価格や品質だけでなく、意味や背景への共感で動くようになってきました。重要なのは、「どんな商品を売るか」より先に、「この土地で語るべきストーリーは何か」を捉えることです。

現地の人々が求めているのは、自分たちのライフスタイルに溶け込み、文化的な共感を呼ぶ商品やサービスです。この変化に対応するためには、日本側の一方的な価値提供ではなく、現地との共創が不可欠になっています。

こうした背景の中、琉球泡盛のグローバルブランディングを目指した沖縄県のプロジェクトは、まさにこの課題に真正面から取り組んだ事例です。認知度ゼロの市場で、日本酒でも焼酎でもない独自のお酒をどう位置づけ、どう受け入れてもらうか。その試行錯誤から見えてきたのは、アジア展開における新しい「最適解」の形でした。

泡盛の再定義戦略ゼロ認知市場での戦い方

このプロジェクトのきっかけは、沖縄県が従来から抱えていた「泡盛についての説明が伝わらない」「アジアにおける泡盛のポジションが見えていない」という課題でした。日本酒や焼酎といった既存カテゴリーの延長線上で、泡盛を「日本の伝統酒」として説明しても、現地の消費者には響きません。認知度がゼロの市場では、既存の枠組みに当てはめる説明に限界があったのです。

こうした状況を踏まえ、沖縄県と弊社は、泡盛を「洗練された蒸留酒」として再構築する戦略を描きました。シンガポール市場では、輸入酒には高い税金がかかり、価格が(日本での売値の)倍以上になることも珍しくありません。それでも日本酒とジャパニーズウイスキーは、飲食店でもスーパーマーケットでも必ず置かれている人気商品です。この、日本のモノづくりや食への高い評価を追い風に、泡盛を「熟成年数によって価値が高まるプレミアムな蒸留酒」として再定義することで、現地消費者にとって理解しやすく、かつ魅力的なポジショニングを目指しました。

私たちはこの新たな定義について、言葉ではなく商品そのものから伝えられるようにすることが重要だと考え、商品デザインを刷新しました。その中でたどり着いた泡盛の訴求点は、大きく2つあります。ひとつは「ウイスキーのようなハードリカーであること」、もうひとつは「熟成年数によって価値が高まるお酒であること」です。

こうして実際に展開したのが、比嘉酒造の「残波」と沖縄県酒造協同組合の「海乃邦」でした。これら酒造所との連携においては、沖縄県が丁寧に意図を説明し、粘り強く信頼関係を築くところからスタートし、グローバル展開に特化した新たなボトルデザインの必要性や、価格設計を含む現地での販売戦略への理解を得ていきました。

また、この過程においては追い風もありました。それが、2024年12月に琉球泡盛がユネスコ無形文化遺産に登録されたことです。この文化的な裏付けは、琉球泡盛を単なる「地域のお酒」から「文化的価値を持つスピリッツ」へと押し上げる重要な要素となりました。

官民連携の現場制度活用と実装のリアル

泡盛のシンガポール展開は、沖縄県、酒造所、そしてデザインファームである弊社が協働する形で、2024年2月に始動しました。その過程においては、沖縄県のシンガポール事務所が現地の飲食店とのネットワークを築いたり、メディア向けイベントの開催に積極的に携わるなど、自治体として多層的な支援体制を整えていたことが、短期間で成果を上げられた大きな要因となりました。

具体的には、このプロジェクトの出発点となった「泡盛の再定義」という方針を受けて、先述のように沖縄県が域内の酒造所一社一社に丁寧に説明を行い、プロジェクトの意図や方向性について理解と協力を得るところからスタートしました。その上で、この方針を具体的なデザインや商品仕様へと落とし込む過程では、外部パートナーである弊社を巻き込むことで形にしていきました。

この連携は、単に行政の制度を活用して地域産業を支援する事業というよりも、「行政のしくみをビジネスの現場に合わせて使いこなす」プロセスでもありました。行政の動きをビジネス現場のスピード感に合わせて調整し、逆に現場で得られた学びや成果を行政のやり方に合わせて報告する。その往復があったからこそ、この泡盛プロジェクトは一過性のものではなく、継続的に機能する仕組みとして根付いていったのです。

デザインが果たす役割

現地市場に適応するうえで、最も慎重な判断が求められるのが「デザインをどこまで現地に合わせ、どこまで日本らしさを残すか」というバランスです。泡盛プロジェクトにおいて私たちが採用したのは「日本語らしさを完全には排除しない」というアプローチでした。具体的には、ラベルを英日併記とし、日本製であることを示す要素を残しています。これは単なるデザイン上の装飾ではなく、商品の出自や誠実さを伝えるための戦略的選択でした。

さらに重要だったのは、商品の体験設計、つまり「どんな場で、どのようにその商品と出会うか」という点です。本プロジェクトではスーパーや酒屋などの量販店ではなく、バーやレストランといった「飲む体験をともなう場」での提供に注力しました。

こうした場での提供は、泡盛を単なる物ではなく、記憶に残る体験の一部として印象づける効果を持ちます。現地での試飲イベントやメディア向けのテイスティングも実施し、泡盛が「飲む体験」とセットで記憶されるブランドとして浸透しつつあります。このプロジェクトを通じて私たちが実感したのは、デザインとは単に見た目を整えることではなく、異なる文化と市場のあいだに橋を架け、人と体験をつなぐ戦略そのものだということです。

事例から見えた最適解日本的価値を”通じる形”に変えるために

泡盛のシンガポール展開から得られた知見は、三つのキーワード——「共創」「翻訳」「選ばれる理由」——に集約できます。

共創——単純に日本から商品を持ち込むのではなく、現地のパートナーと共に新しい価値を創り出す姿勢が不可欠です。

翻訳——これは言語の問題ではなく、価値の再構築を意味します。泡盛の場合、「沖縄の伝統的なお酒」から「熟成年数によって価値が高まる、プレミアムな蒸留酒」へと翻訳することで、現地の消費者にとって意味のある商品へと生まれ変わりました。

選ばれる理由——「日本製だから」「品質が良いから」だけでは不十分です。なぜその商品を選ぶのか、
それを選ぶことで自分の生活やアイデンティティがどう豊かになるのか——この問いに明確に答えられる商品だけが、選ばれ続けます。

おわりに:理念を届け、現地に実装するための「翻訳」の技術

デザインは装飾ではなく、理念を形にして伝えるための言語です。理念があるだけでは人には届かず、マーケティングだけでも心に残りません。異なる文化と事業の中間に立ち、両者をつなぐ通訳者のような役割を果たす——それが、海外展開に不可欠な姿勢です。

泡盛のシンガポール展開も、単なる商品の輸出ではありませんでした。その背後にある文化や価値観を、海外の生活者に伝わる定義と、それを体現するデザインに変えて届けることによって実現したプロジェクトです。

日本には世界に誇れる商品やサービスが数多く存在します。しかし、それらが現地で正当に評価され、選ばれるためには、適切な「翻訳」が必要です。その翻訳作業は単なるローカライズではなく、商品の本質を見極め、現地の文化的文脈の中で新しい意味を与える創造的なプロセスです。

理念を語るだけでなく、現地で伝わる体験をつくる。それが、次の時代のブランドづくりの核心です。泡盛が示したように、日本的な価値は翻訳さえすれば必ず届きます。その翻訳の技術こそが、これからのジャパンブランドにとって最も重要な競争力になると確信しています。

目次

<特集>


<着任のご挨拶>


<編集後記>


執筆者経歴

商人と職人の家系に生まれる。

楽天の広告事業部門を経て、複数のスタートアップでシード期からレイター期における企業成長と数多くの0→1を経験。これまでにF&B、EC、メディア、VR×SaaS、デジタル治療等の領域で事業開発に携わる。

I&COでは事業開発責任者としてシンガポール法人の立ち上げを担い、戦略とデザインを起点に、APACにおける事業・ブランド・パートナーシップの創出と拡大を推進。

携わったプロジェクトにおいて、経産省主催ビジネスコンテスト入賞・官民連携・メディア掲載(NHK等)・国立機関との共同研究等、収益と社会的価値の双方に資する多様な実績を保有。

kyohei.takeuchi@iandco.com

シンガポール日本商工会議所

6 Shenton Way #17-11 OUE Downtown 2 Singapore 068809
Tel : (65) 6221-0541 Email : info@jcci.org.sg

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